コンタクト

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一瞬だけ、ほんとにチラリとでも津城の姿を見たい。 ずっとそう思っていた。 それが叶う。 香乃はジーンズとオーバーサイズのパーカー、それにスニーカーと言う軽装で、次の休みに家を出た。 津城には見せたことのない、ファッションだ。 バスで駅まで、そこから電車に乗った。 店に着いたのはその、淹れたてのコーヒーを飲める時間の三十分ほど前だった。 あの組員は主に夜、香乃についてくれる。 昨日の夜、車とすれ違うとき香乃は会釈を残して通り過ぎて来た。 いつもはしないその仕草に、組員は気付いたのだろう。 今朝香乃が家を出た時、組員は車の窓を開けて待っていた。 「コーヒー飲んできます」 「お気を付けて」 それだけの会話だったけれど、組員は事務所から見えない位置に車を停めて待っていてくれている様だった。 カフェの窓際は、全面がガラス張りで一枚板のカウンターになっていた。 少し脚の長いスツールに腰を下ろせば、下がよく見える。 その一番端の事務所寄りの席に座って、香乃は津城を乗せた車が来るのを待った。 もし、津城が車からおりて一瞬でもここを見上げたら。 今、下を見下ろしている香乃から、下を歩いている人はよく見えている。 細かい目の動きまでとは言わないけれど、知った人間ならば確実に認識出来る距離だ。 香乃はカバンから無地の黒いキャップを取り出した。 パーカーにキャップ。 どちらかと言えばフェミニンな普段着を記憶している津城を、パッと見ならば誤魔化せるかもしれない。 それは昨夜、会えると胸をときめかせながら香乃が考えた苦肉の策だった。 目深に被ったキャップ。 チビチビとコーヒーを飲みながら、視線は車道から離さずに津城の到着を待った。 時間ならいくらでもある。 組員の言った”淹れたて”の時間が今日だけ遅れたとしても、待っている。 一目だって構わない、津城の姿を…。 すーっと滑る様に、黒いワンボックスがとまった。 「あ」 思わず小さく声を出した。 ぱっと助手席からおりたのは、矢田でも鶴橋でもなかったけれど、間違いない。 持ち上げていたコーヒーカップを握りしめたまま、香乃は食い入る様に視線を向けた。 後部座席のドアが空き、視界の端に数人組員が事務所から飛び出て来たところで。 磨かれた革靴がドアから現れ……津城が出て来た。 津城は俯きガチに歩道に足をおろし、ゆっくりと顔を車の後方、左手の歩道を一度見やりながら、 開いて寛げていたジャケットのボタンを一つ片手で留めた。 少し襟足の髪が伸びて、気だるげな雰囲気を纏った津城は、す、と姿勢を整えゆっくり事務所に入って行った。 時間にして、どれくらいか。 二十秒あったろうか。 それでも、香乃の心臓は痛いほど鳴った。 津城だった。 例えここが三階でも……四階だったとしても。 香乃には構わなかったと思う。 まるでカメラのズーム機能みたいに、視線が縫い付けられて。 何をしてても、どんなに疲れていても優雅な、香乃が恋しくて堪らない…彼だった。
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