煙草

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帰りの香乃の足取りは軽かった。 心が持ち上がれば、身体も軽くなるのだと香乃は微笑む。 津城のあの仕草が、時間が経てば繋がりが無くなるんじゃないかと言う不安を取り除いて。 あと半分ある約束の時間を、乗り切ろうと言う勇気をくれた。 それから、香乃は"淹れたて"のコーヒーを飲みに行くのをやめた。 津城が自分の組の人間にすら知られないように動いた事で、自分が会いに行く事が津城にとって良くない事だと理解できたから。 もう、大丈夫。 信じて、待とう。 信じる事だって、強さが必要だから。 自分の気持ちは揺るがない、それしか分からずに泣いたあの離れ離れになった日。 津城が自分を想い続けてくれると信じる事があの日の香乃には足りなかった。 津城の胸の内が分からなくても、その荷物を持たせてもらえなくても。 自分達にはお互いが必要で、それは揺らがない事だと信じる事が必要だったのだ。 同じだけ、津城も自分を思い浮かべてくれていると…そう思って毎日を乗りこなす。 人にも慣れ、忙しさを根性で乗り切る力を得た。 後は…津城の恋人だと、自信を持つ事が必要だった。 揺るがないのは自分の心だけでは無いのだと。 確証が無くても前を向く事が、残りの時間で香乃が習得しなければいけない事だった。 どんな時でも、離れないと思いたいし、思われたい。 一年だって、例え十年会えなくたって。 ……自分には津城だけなのだと、津城にも分かって欲しかった。 寂しさを埋めるように仕事を詰め込んだ生活を徐々に整理する事にした。 まずはコンビニを辞め。 セールが終わって落ち着いたところで、代わりの人員を補充してもらうのを待ってデパ地下を辞めた。 元々、短期で面接を受けていたのでスームーズに辞めることが出来たのだけれど。 早朝の仕事は調理に携わっていたので、最後まで残す事にした。 朝働いて昼間に家に戻る生活。 家では派遣のデータ入力を再開した。 もちろん、津城に会いたくて恋しい気持ちは変わらない。 でも、スーツの胸ポケットに煙草を常備するほど頑張っている津城も、きっと同じだと思えたから。 早朝の仕事も、約束の半年が終わる半月ほど手前で辞める事が決まった。 本当に半年で津城が迎えに来てくれるかなんて分からない。 それでも、彼が帰ろうと言った時身軽について行けるように。 いつでも、身体ひとつでその手を取れる様に。 粛々と、淡々と。 毎夜津城の時計のネジを巻いて夜を越え、次の夜を待った。 恋しくて持て余す時間を、働いて埋めるのでは無い。 不安で怖くて丸くなって眠ることも無い。 一日、一日と近づく津城との未来を信じて、香乃はただ静かにその日を待って過ごした。
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