体温

2/6
前へ
/48ページ
次へ
「お味噌汁と、何がいいですか?…卵と…お魚にしますか?」 お弁当を作る仕事をしたんですよ? レパートリーも増えました。 そんな風に言葉を並べて、香乃の横顔は微笑む。 「……うん、そうだなぁ…」 組員を一日も欠かさず香乃につけた津城が、知らないはずもないのだけれど。 「あ、お茶だけ先に…」 感動か、それとも会えてほっとしたからか。 指が細かく震えてしまって、香乃はきゅっとケトルを握る。 「……香乃」 「は、い?」 津城に顔を向けられない。 強くなったんだと、大丈夫だったと見せたい。 泣いたりなんかしたくないのに。 「緑茶と、あとほうじ茶がありますよ?」 ご飯の前にコーヒーじゃあれですもんね?と、 水を入れて、火にかけようとして。 「……香乃、おいで」 あの家で、モズを呼ぶより優しい声に名前を呼ばれて決壊した。 ボロ、と涙が零れて。 剥がす様にケトルから手を離した。 そのまま顔を覆った。 津城が立ち上がる気配と、近づく足音。 少しだけ細くなった香乃の肩を、津城が引き寄せて抱いた。 「……待たせて、ごめん」 いつもの津城の、ゆったりした物言いでは無く。 その声も何だか幼くて。 そっと胸に包む様に抱かれて、力が抜けた。 「…ひとりにして、ごめんな」 囁いた唇が、涙を止めたくて閉じた瞼に口付けた。 泣いていいよと許しをもらったみたいで、香乃はしゃくりあげた。 「大丈夫、っ、ほんとに…大丈夫、だった、からっ」 「…うん」 「私、ちゃんと、」 「うん」 津城は香乃の言葉を待たずに顎を掬いあげた。 優しく啄んで、何度もキスをした。 「香乃、逢いたかった…ずっと」 香乃の涙の雫を吸い取って、津城が囁いた。 津城の好きな味噌汁を食べさせたかったのだけど。 津城は腕の中に香乃を閉じ込めて離さなかった。 首を巡らせれば全て見渡せる小さな部屋で、明るい部屋の小さなテーブルとソファーの隙間で津城は香乃を抱いた。 あやす様な優しい触れ方で、でも離れていた時間を肌から取り戻しているみたいに隙間なく…可能な限り広く触れていてくれた。 これまでの行為は目を閉じて、その感覚に揺蕩う時間だったけれど。 今は津城を見ていたかった。 どうしても感覚に飲み込まれて、目を閉じてしまうのだけれど。 それでも必死に目を開けて津城の顔を見ようとする香乃と。 それが全て見えていて、愛おしげに溶ける様に微笑む津城。 細い紐の先に結び付けていて、その先の大切な物が外れていないかと不安に苛まれていた時間。 紐が長すぎて、それが本当にそこにあるのかと不安に思いながら。 それでもその重さと、感覚を思い出しながら大丈夫だと思おうとして…その紐を離さずにいた。 ちゃんと結ばれていた。 中身も風化していなかった。 ひとりではなく、二人で。 互いの体温でその箱の縁を温めて開きながら、見つめ合っていた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

940人が本棚に入れています
本棚に追加