体温

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どうして話してくれなかったんですか。 多分、半年前に話していたなら、香乃はそう言って津城に悲しい顔をさせたと思う。 今なら分かる。 香乃に気を遣わせずにそばに置く事は不可能だったし。 ましてや、おっとりしていて殺伐とした空気に弱い香乃がそれに耐えられたかも分からなかった。 「……ごめんなさい、秋人さん」 表情を変える事をせず、そう言った香乃を見て津城は僅かに首を傾げた。 「……うん?」 そっと、津城の頬に手の平を添えた。 思えば、津城の顔に触れた事はあったろうか。 昔、祖母の千草に教えられた事があった。 目上の、特に男性の首から上に不用意に触れてはいけないと。 神聖な場所だからなのか、それが無礼にあたるからなのかは 小さすぎて覚えていないけれど。 その教えはちゃんと残っていて、特別強く気にしていなくても津城の髪や顔に触れて来なかった。 目上の歳上の恋人。 そう、いつの間にかそう染み込んで。 彼をひとりの男として。 甘やかした事が無かった気がする。 するり、と津城の頬を撫ぜた。 「お疲れ様です……頑張りましたね?」 するり、するりと頬を撫ぜて、少し伸びあがって津城の頭を抱いた。 津城は黙って、香乃の胸に顔を埋めてくれた。 「……」 「お酒……飲みすぎたでしょ?」 くく、と胸に笑った振動。 ふぅ、と津城が息を吐いた。 「そこは…目をつぶって許してくれると、助かるねぇ」 「うふふ、もう駄目ですよ?私が居るんですから、ね?」 うん、と津城が頷いて。 「野郎ばっかりで…むさ苦しいし、飯は不味いし…クソ面倒くせぇんだ」 笑いを含んだ声で、でも嬉しそうに津城が胸元で大人しくしている。 「…ご飯はもう大丈夫、私がちゃんと作ります」 うん、と幼い響きで答えた津城がすり、と香乃の胸の谷間に鼻先を擦り付けた。 「……香乃、親父は向こうに骨を埋める気でいるかもしれない」 和代がもし目覚めなければ、そうなるかもしれない。 だから自分のそばにいた組員を津城に預けたのだ。 連れて行ったのは、数名の本当に近い腹心だけだった。 「……数がいればこれまでと一緒じゃあ統率が取れない…あの家に、戻れないかもしれない」 香乃は、津城の言葉を待った。 香乃だけを、あの家に戻すと言われても。 もう不安は無かった。 津城の邪魔になるのなら、そこで大人しく待っている心構えは出来ていたから。
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