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津城は香乃の胸から顔を上げ、ひょいと腕で香乃の身体を持ち上げた。
ストンと自分の前に香乃を下ろすと、じっと香乃の目を見つめた。
下着一枚で、すっと背筋を伸ばした津城が少し考える顔で数秒動きをとめた。
「……選んでくれる?あの家で、俺が作る時間を待っていてくれるか…親父の家で、俺と一緒に居るか」
津城の表情は、無表情で。
香乃がどちらを選べば彼の意向に添えるのか、少しも分からなかった。
"必ずYESと言って下さい"
あの日の矢田の言葉を思い出した。
でも、この答えはどちらもYESだ。
どちらを選んでも、津城と別れると言う選択肢では無い。
「……私は」
津城の手間が増えても。
自分が入る事でバランスが崩れる事があっても。
「貴方と居たい」
意見をしないでいて、分かってもらえるはずがない。
じっとしていも、相手から胸を開いてくれるわけが無い。
小さくなって、ただ誰かに声をかけてもらえることを待っていた自分を、この半年で少し前進させて来た。
「……大丈夫です、私は。何処に居ても」
津城はふ、と口を開けて何か言おうとした。
でも、その唇を閉じて。
香乃は言い募った。
あの家で待つにしても、ちゃんと気持ちを伝えたかった。
「毎日、美味しいご飯を食べて欲しいです、飲み過ぎてないか見ていたい……夜にはお疲れ様って、貴方を褒めてあげたい」
津城が目を逸らした。
そのまま俯いてぐ、と拳を握り、開いた。
その自分の手のひらを津城はじっと見つめた。
「……行けば、むさ苦しい男がうじゃうじゃいる」
「私、もう誰とでも話せます」
「常に誰かの目があるぞ」
「……毎日綺麗にお化粧します、ちょっと面倒くさいですね?」
こくり、津城が喉を上下させて、
「見なくていいもんも見る……俺が、怖くなる」
ああ、とようやく…津城が表情を隠して、彼の心の内を微塵もみせずに問いかける理由が分かった気がした。
「…私が、貴方を要らなくなる日は、来ません」
優しい所だけ、香乃に見せていたいとそう思っている。
彼の問い掛けは、いつも後半が選んで欲しい物なのだ。
けれど、それを選べば負荷がかかるのを分かっているから、いつも正解を先に提示する。
「……貴方を、秋人さんを知りたいって思いながら、ここで待ってました」
ゆっくり津城が顔をあげた。
窓から差し込む光を横から受けたその顔は、木の葉の様に変わる色々な表情のどれとも違って見えた。
「私の事も、もっと知ってください…貴方のそばにいる為に、変わっていく私も…ちゃんと見て」
多分、その香乃の表情も津城の知らないものだっただろう。
吸い込まれる様な瞳が、まっすぐ津城をみていた。
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