1人が本棚に入れています
本棚に追加
(どうしよう……)
眩しく光る液晶画面。表示する時刻は夜二〇時二〇分。
夢吽は今、浮き足だっていた。
ここは、やや古めかしいだけでなんの事も無い雑居ビル。
夜も静かなこのビルの二階フロアは今、妙な騒ぎの中にあった。
都市には、夜でも様々な騒がしさがある。
繁華街の盛況、ライブハウスの叫声…… だが、ここにあるのは、楽しげなものとは違っていた。
「駄目だ、このままじゃみんなやられちまうぞ!」
怒号、悲鳴、衝撃音…… どれも実に恐ろしげだ。
(な、なにがおきて…… と、とにかく隠れなきゃ……)
夢吽も、その騒ぎの中にいた。
二階フロアの廊下。震える足でなんとか立つ。
左手側には、等間隔に並ぶ中型の窓。そこから差し込む街の光により、この場所はかろうじて明るさを保つ。人によっては怖さを感じる暗さである。
今一番明るい光は、正面一〇メートルほど先に光る避難口の看板。
(あいちゃんを呼んで…… ダメ、今は…… 今はあいちゃんだって頑張ってるんだから!)
避難口の光に目を刺激され、夢吽は大きく息を吸い込んだ。
(今は、わたし一人でなんとかしないと!)
手のひらを握り、キリッと構える。
「おま…… なにしてる!」
右側の部屋のドアが開き、そこから腕が伸びてくる。
半ば引っ張られる形で、夢吽は部屋に入った。
「首藤さん!」
「静かに…… どういうわけか、俺たちがこのビルに集まるのが漏れてたらしい」
引っ張り込んだ男〝首藤〟が入り口に鍵を掛けながら言った。
「多分外も囲まれてる。どのみち俺たちは顔が割れてる。逃げるよりは戦った方が良いだろうが、君は別だ。ここに隠れていればバレずにやり過ごせるだろう。俺はあっちで奴と戦う」
「……分かりました」
小さく頷き、小声で応える。
分かったのは指示された事だけで、正直、状況は解らない。
なんでここが襲われているのか、なにが目的なのか。そもそも相手が何者なのか、まるで判らない。
が、今は考える余裕も、質問する時間も無い。
「よし、じゃあな――」
首藤の声を聞き、夢吽は何も言わず部屋にあったオフィスデスクの下に隠れた。
その時だった。
「後はお前さんだけか」
いつの間にか、部屋の入り口を塞ぐように男が待ち構えている。
妙な威圧感があった。それは、茶色がかったワイルドショートの髪が逆立って見えるからだけではなかった。
なぜなら、男の周囲がなぜが〝薄く輝いて〟見えるのだ。
「お前、どうやって中に……!」
叫ぶと同時、首藤が懐から何かを取り出し、身を乗り出す。
ナイフ? まさか拳銃…… 夢吽の脳裏に血なまぐさい展開がよぎる。
しかし、首藤は手にした物を耳元に当てた。
モバホだ。夢吽はホッと胸をなで下ろす。
(えっ?)
が、なで下ろした胸は、すぐに強い鼓動で揺れる。
首藤の姿が、相手の男と同じように、薄い輝きを放っていたのだ。
「行くぞ!」
気合い一声。首藤がそのまま殴りに掛かる。
勇ましくはあるが、なぜか余裕が見える相手の男の表情に、夢吽の不安は増していく。
「無駄だ」
首藤が繰り出す右拳と左拳を、相手は半歩退いて避け、反撃もせず仁王立ち。
嫌な予感が当たった。
相手に漂う余裕は、見せかけでは無かったのだ。
「この!」
相手の顔を目がけた、首藤の右脚蹴りが空を裂く。当たればかなり痛そうな一撃だ。
だが、それは掌で打ち払われ、簡単に受け流されてしまう。
バランスを崩し、よろめく首藤を前にしても、相手の男は反撃せずに仁王立ち。遊んでいるようにすら思える態度を見せる。
「くそ!」
このままでは不利だと感じたのか、あれほど闘志を見せていた首藤が後ろに下がる。
が、ただ怖くなって引いたわけではなさそうだ。力強く立つ足がそれを物語る。
「いつまで余裕で――」
股を大きく開き、膝を屈し、落とした腰元に右拳を据える首藤。何かを始める構えだろう。
……空気が変わるような気がした。妙な雰囲気とピリピリした感覚が、夢吽の元に伝わる。
「いられるかな!」
ならば! という意気込みが伝わる一撃が放たれる。それは、拳というより大砲だった。
「無駄といっただろ」
……非情、ともいえる結果を迎える。
放たれた拳と気迫は、事も無げに相手にがっしり掴まれる。
「こちとら、なにを一番気にしてるか解るか? 力を出しすぎない事だ。面倒ったらありゃしない」
相手の男は、掴んだ首藤の腕をそのままに、自分の体ごと勢いよく下方に引き倒す。
思い切り床に激突した首藤は、何も出来ないまま組み敷かれる。
「終わりだ」
今度は、相手の男から、なにか異様な雰囲気が発せられた。
首藤と同じく、拳を使った動きをするが、ピリピリとした感覚は先ほどの比ではない。
「フレイム・ライム・イズム!」
倒れた首藤に、爆音に似た衝撃が放たれた。
(首藤さん……!)
夢吽は目を閉じ、ただじっと息を殺した――
最初のコメントを投稿しよう!