1話「優 勇」

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(どうしよう……)  眩しく光る液晶画面。表示する時刻は夜二〇時二〇分。  夢吽は今、浮き足だっていた。  ここは、やや古めかしいだけでなんの事も無い雑居ビル。  夜も静かなこのビルの二階フロアは今、妙な騒ぎの中にあった。  都市には、夜でも様々な騒がしさがある。  繁華街の盛況、ライブハウスの叫声…… だが、ここにあるのは、楽しげなものとは違っていた。 「駄目だ、このままじゃみんなやられちまうぞ!」  怒号、悲鳴、衝撃音…… どれも実に恐ろしげだ。 (な、なにがおきて…… と、とにかく隠れなきゃ……)  夢吽も、その騒ぎの中にいた。  二階フロアの廊下。震える足でなんとか立つ。  左手側には、等間隔に並ぶ中型の窓。そこから差し込む街の光により、この場所はかろうじて明るさを保つ。人によっては怖さを感じる暗さである。  今一番明るい光は、正面一〇メートルほど先に光る避難口の看板。 (あいちゃんを呼んで…… ダメ、今は…… 今はあいちゃんだって頑張ってるんだから!)  避難口の光に目を刺激され、夢吽は大きく息を吸い込んだ。 (今は、わたし一人でなんとかしないと!)  手のひらを握り、キリッと構える。   「おま…… なにしてる!」  右側の部屋のドアが開き、そこから腕が伸びてくる。  半ば引っ張られる形で、夢吽は部屋に入った。 「首藤(すとう)さん!」 「静かに…… どういうわけか、俺たちがこのビルに集まるのが漏れてたらしい」  引っ張り込んだ男〝首藤〟が入り口に鍵を掛けながら言った。 「多分外も囲まれてる。どのみち俺たちは顔が割れてる。逃げるよりは戦った方が良いだろうが、君は別だ。ここに隠れていればバレずにやり過ごせるだろう。俺はあっちで奴と戦う」 「……分かりました」  小さく頷き、小声で応える。  分かったのは指示された事だけで、正直、状況は解らない。  なんでここが襲われているのか、なにが目的なのか。そもそも相手が何者なのか、まるで判らない。   が、今は考える余裕も、質問する時間も無い。 「よし、じゃあな――」  首藤の声を聞き、夢吽は何も言わず部屋にあったオフィスデスクの下に隠れた。  その時だった。 「後はお前さんだけか」  いつの間にか、部屋の入り口を塞ぐように男が待ち構えている。  妙な威圧感があった。それは、茶色がかったワイルドショートの髪が逆立って見えるからだけではなかった。  なぜなら、男の周囲がなぜが〝薄く輝いて〟見えるのだ。 「お前、どうやって中に……!」  叫ぶと同時、首藤が懐から何かを取り出し、身を乗り出す。  ナイフ? まさか拳銃…… 夢吽の脳裏に血なまぐさい展開がよぎる。  しかし、首藤は手にした物を耳元に当てた。  モバホだ。夢吽はホッと胸をなで下ろす。 (えっ?)  が、なで下ろした胸は、すぐに強い鼓動で揺れる。  首藤の姿が、相手の男と同じように、薄い輝きを放っていたのだ。 「行くぞ!」  気合い一声。首藤がそのまま殴りに掛かる。  勇ましくはあるが、なぜか余裕が見える相手の男の表情に、夢吽の不安は増していく。 「無駄だ」  首藤が繰り出す右拳と左拳を、相手は半歩退いて避け、反撃もせず仁王立ち。  嫌な予感が当たった。  相手に漂う余裕は、見せかけでは無かったのだ。 「この!」  相手の顔を目がけた、首藤の右脚蹴りが空を裂く。当たればかなり痛そうな一撃だ。  だが、それは掌で打ち払われ、簡単に受け流されてしまう。  バランスを崩し、よろめく首藤を前にしても、相手の男は反撃せずに仁王立ち。遊んでいるようにすら思える態度を見せる。 「くそ!」  このままでは不利だと感じたのか、あれほど闘志を見せていた首藤が後ろに下がる。  が、ただ怖くなって引いたわけではなさそうだ。力強く立つ足がそれを物語る。 「いつまで余裕で――」  股を大きく開き、膝を屈し、落とした腰元に右拳を据える首藤。何かを始める構えだろう。  ……空気が変わるような気がした。妙な雰囲気とピリピリした感覚が、夢吽の元に伝わる。 「いられるかな!」  ならば! という意気込みが伝わる一撃が放たれる。それは、拳というより大砲だった。 「無駄といっただろ」  ……非情、ともいえる結果を迎える。  放たれた拳と気迫は、事も無げに相手にがっしり掴まれる。 「こちとら、なにを一番気にしてるか解るか? 力を出しすぎない事だ。面倒ったらありゃしない」  相手の男は、掴んだ首藤の腕をそのままに、自分の体ごと勢いよく下方に引き倒す。  思い切り床に激突した首藤は、何も出来ないまま組み敷かれる。 「終わりだ」  今度は、相手の男から、なにか異様な雰囲気が発せられた。  首藤と同じく、拳を使った動きをするが、ピリピリとした感覚は先ほどの比ではない。 「フレイム・ライム・イズム!」  倒れた首藤に、爆音に似た衝撃が放たれた。 (首藤さん……!)  夢吽は目を閉じ、ただじっと息を殺した――
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