2話「おしまい!」

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2話「おしまい!」

 今、わたしの前には〝波〟がある。  賑やかで、楽しげな人の波だ。  わたしは愛用のギターと鍛えたボーカルで、その波に応える。  ドラムを叩く麻丹(まに)ちゃん、ベースを弾く(こい)ちゃん、キーボードを奏でる未来(みら)ちゃん、リズムギターを伴奏する(こころ)ちゃん。みんながみんなご機嫌だ。  そう。何を隠そう、今はライブの真っ最中。  それも、ただのライブじゃない。  これまでで一番の規模、そして…… このメンバーが揃う、最後のライブだ。 「会場の皆さん! 準備はいいかなー!?」  リーダーでもあるベースの恋ちゃんのコールだ。  それに対して観客が体中でレスポンス。わたしは、この瞬間が大好きだ。  残る曲もあと一曲。いや、アンコールの曲を考えるとあと二曲か。  楽しい時間は名残惜しい。  でも、少しだけ早く終わりたい気持ちもあった。どうしても気になる事があるからだ。  それは、いっこ下のかわいい妹〝夢吽(ゆう)〟の事。  今日の為に髪も短めに切ってきた。服も動きやすいように、あまり着ないVネックのTシャツにショートパンツを用意した。このライブは、わたしにとってそれほど大事だ。  だけど夢吽も今、同じくらい大事な用事を始める頃だ。  もうそろそろ着いたかな? それとももう〝移植〟できたかな?  大事なライブなのに集中しきれない…… 少し罪悪感。ここはみんなの思いに応えて、集中集中。 「みんな、ありがとう!」  アンコール曲も終わり。  わたしのかけ声をもって、ライブは無事に終わった。  今日でバンドを卒業する心ちゃんは、やっぱり少し涙目だ。 「最後に…… 改めて私たち五人のメンバー紹介をしたいと思います」  息を整えて恋ちゃんが言う。  メンバー紹介は、一人一人が自己紹介する流れで進む。これは、わたしの発案だ。 「ベースの五月日(さつきび) (こい)!」 「ドラムの、加賀屋(かがや) 麻丹(まに)」 「キーボードの加賀屋(かがや) 未来(みら)……」  いつもより力強い声。  少し震えたような声。  いつもと変わらない、落ち着いた声。  わたしはというと…… 「リードギター兼ボーカルの…… ふ、浮綿(ふわた) 阿衣(あい)です!」  緊張なんかしてないのに、なんでか噛んじゃった。まあ、ちょっとウケたみたいだし別にいいか。 「リズムギターの――」 「では、リズムギターの比合(ひあ)(こころ)さん! 前に!」  心ちゃんの声をさえぎる形で、わたしは元気よく言った。  心ちゃんはちょっと戸惑った感じで、わたしの前にやって来る。  これは、いわばサプライズ。今日で最後になる心ちゃんへの、ちょっとした卒業式だ。 「いままでよく頑張ってくれました。これからのご活躍を期待します!」  卒業証書っぽい贈り物をプレゼント。これもわたしの発案だ。 「あ…… ありがとうございます!」  心ちゃんは泣いてくれた。さすがにわたしも胸が熱い。  そんなこんなでライブも終わり。最後の仕掛けも思ったより好評だった。  いつもは冗談まじりでしか褒めない麻丹ちゃんが大絶賛するもんだから、顔の方も熱くなる。  時間は二一時ちょっと過ぎ。だいぶ疲れはあるけど、それよりも心配な事が残っている。夢吽の事だ。  夢吽の大事な用事。これが無事に終わったか、確認しなきゃ。  わたしはポケットからモバホを取って、画面を確認する。  ……えっ。  夢吽からの留守番電話が一件来てる。  この時、ライブの興奮が一気に冷める気がした。  それは、普通の姉妹なら気にしないような、ささいな事。でも、わたしにはこれだけで〝なにかあった〟と解るほど重大な事。  なぜなら、夢吽はわたしに対しては、よほどの事が無い限り電話をしないからだ。 「あの、先輩、わたしが居なくなっても――」 「ごめん、みんな…… ちょっと用事が出来た」  そう言って、わたしは部屋を飛び出した。  たぶん、みんなポカンとしてるだろう。話を遮られた心ちゃんは怒ってるかも。  でも、行かないと。  わたしにとって夢吽は、何よりも一番だから――
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