3話「丑三つ!」

1/1
前へ
/10ページ
次へ

3話「丑三つ!」

「じゃあ気をつけてな、浮綿(ふわた)さん」 「はい! では行ってきます!」  朝とも夜とも言えないような、三時という時間帯…… わたしはその間に自転車に乗って、とある仕事をしている。  仕事、といっても、二時間ていどの軽めののバイトだ。  自転車のカゴ一杯に積んだ新聞を運ぶ、デリバリースタッフもとい新聞配達。 『この街は眠らない』なんてよく言われるけど、全部が全部というわけじゃない。  わたしが任されている一帯は、意外と人も少なくけっこう静か。だから、仕事もスムーズに出来る。  でも、この一帯の配達は、とある事情があって大体一ヶ月ぶりだ。  それまでは別の地区を担当していたから仕事自体に鈍りは無いとはいえ、配達場所を忘れてないか、ちょっと不安。  そんな不安も、やり始めたらすぐ消えた。  勘を取り戻したわたしに応える様に、愛用の電動アシスト自転車も絶好調。  電動自転車、これはホントに便利な物だ。仕事無くてはならないものだ。  おっと、もう一つ、仕事に欠かせないものがある。それはずばり、音楽だ。  音楽を聴くときは、耳を塞がない骨伝導のイヤホンを使う。こうしないと危ないし、法律的にもアウトらしい。  適度な静寂と、一人でいる事の開放感。なにより、考え事をするのにちょうどいいこの時間は、仕事の最中とは言え結構好きだったりする。  今もわたしは〝一人議題〟と題して考える。  議題は、最近起きたことのまとめだ。  今日は二〇一九年二月二三日。わたしが密かに所属していたマシンナリーが解散してから三日が経った。  気持ちの整理は、実のところまだ出来ていない。  夢吽(ゆう)にも思界力の移植がされたけど、まだ変化は出ていない。てことは、マシンナリーとして街を見守られるのはわたしだけ。  でも、正直もういいかなと思う。  だって危ない事が判明したし、一人でなにか出来るものでも無いし……    ――おっと。  考え事に熱中しすぎて一件配達し忘れた。  自転車を止め、回れ右。  一人議題の欠点は、こういうミスが起きやすいこと。これはみんなには秘密だ。  急いでカゴから新聞を取り出し、目的のマンションに小走りで向かう。   『3年目のS4、見据える先』  ふと、折り曲げた新聞から、大きな見出しが目に入った。  S4か。  S4こと、えーと、サステ…… なんちゃらストリーム機能は、この街の紹介には欠かせない技術だ。  空間を拡張して、狭い部屋だって大きくする、それはすっごくすごい技術に思えるけど、 『S4、振り切れぬ三課題』  こんな感じの記事とか、批判やらいちゃもんとかで結局一部エリアだけに限定されているもったいない技術でもある。まあ、四月からその規制もだいぶ緩和されるって話だけど……  ハッキリ言ってわたしは科学的、というか勉強自体そんなに得意とは言えない。  そんなわたしでも、このS4機能に関してはそこそこの知識があったりする。  理由は二つあって、まず、この新聞に書かれた連載コラム〝S4、未来への拡張〟の存在だ。  S4機能の歴史や原理を解説した特別コラムらしく、『S4を語るには宇宙(うちゅう)開闢(かいびゃく)の話に始まり並行世界の発生原理にまで迫らなければならない』という大層な一文は、それまで興味の無かったわたしでも読み始めるくらいには惹かれる物だった。  新聞は今でも配る専門で、そんなに読んだりはしないけど、このコラムだけは欠かさず読んでいる。もちろん、今日も読むつもりだ。  S4機能に詳しいもう一つの理由は、わたし自身の事情と関係している。  なぜなら…… S4機能は、わたしが今待っている思界力と関係があるからだ。    確か、S4機能には〝他の世界〟の利用が必要不可欠で、他の世界を利用する課程で思界力がこの世界にも流れ着く、だったはず。 他の世界を利用する為には、たしか…… なんだったっけ、今は思い出せないけど、まあいいか。  マシンナリーに加わった時も色々聞かせれたけど、もっとまじめに勉強した方がよかったかもな。  でもS4機能は来年から高校の授業に取り入れられるって噂もあるから、もしそうなったら夢吽もギリギリ習うことになるのかな。そうなったら夢吽から教えてもらおっと。  でもS4機能と思界力の関係は、流石にコラムには載ってない。ていうか、思界力事態が、たいていのものには載ってない。  あるのは、オカルトを扱う雑誌とかくらいか。  あ、なんとかっていう著名な学者が思界力の存在を想定する論文を書いたとか書いてないとか……    ――なんてことを考えてる間に、わたしは仕事を半分近く終えた。  一人議題のテーマがいつの間にかS4機能の事になってしまった。本題からのズレ、これもまた、よくある事だ。  時間は四時ちょっと過ぎ。大体一時間か。なかなか良いペース。  耳元で聞こえる音楽も、わたしが好きなロックバンド〝シャドウスケッチ〟の楽曲が流れ始めた。  気分も乗って来て、良い感じ。  自転車に乗ったわたしは大通りを抜け、歩行者と自転車専用の路地へと入る。  ――懐かしい。  最後にこの場所に来たのはほんの一ヶ月前。  なのにわたしはここにくるなり懐かしいと感じてしまう。  懐かしさ、というのは特定の時間の経過がそうさせるというけれど、わたしはそうは思わない。  それまでの日常からかけ離れた大きな出来事が起きると、起きる前と後では、毎日通う道だってなんか違って見えたり感じたりすることがある。 「あの時までは良かった」とか「あの時までは普通でいられた」とか、そんな感傷がそうさせるのか、とにかく、感情が懐かしさを作ることだってあるのだ。  わたしにとって、この路地はたとえ一ヶ月ぶりという短い期間でも、ひどく懐かしく思えてしまう。  なにしろここは、思界力が宿った場所だから――
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加