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4話「思い出!」
去る一ヶ月前の二〇一九年一月二〇日。
草木がそろそろ目覚めそうな午前五時。
いつものように配達業をしていたわたしは、あの日もいつもと変わらずこの路地に着いた。
小さめのビルが左右に建つこの路地は、ちょっとした仕掛けがある。
見上げれば必ずある電線。それに混じって、青色のケーブルがある。
そのケーブルには扇風機の頭の部分だけを取り付けたような形のものがぶら下がってある。
これはビル風を利用した風力発電に使うタービンというものらしく、時間に関係なく結構な速度で回ってるから、下を通れば中々の迫力がある。
わたしは配達の合間にその下に立ってぼーっと眺めたりする時があった。
あの日もそうだったけど、ふとイヤな予感的なものを感じたことを覚えてる。
ちょうど向こうから男の人も歩いてきたし、そろそろ出発…… という時だった。
ズドン、ていう感じの音が目の前で聞こえた。ケーブルが切れてタービンが落ちた音だった。
ちょっと場所が悪かったらわたしの所に落ちていた。その事に、さすがのわたしもびっくり仰天。
そのままふと横を見ると、わたしと同じく、目を丸くして驚いてる人が。向こうから歩いて来た男の人だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
目が合うなり心配してくれたけど、正直わたしはその人が怖かった。
「なにか変化とか―― 変な感覚はないですか!? あぁ困ったな。こりゃ多分移植しちゃったかな……」
心配の仕方がちょっとズレてる、というか、なにか別の心配をしてる風だったから――
*
約三分間。ぼーっと前の出来事を思い出していたわたしは、今の時間に戻ってきた。
その後わかった事だけど、声を掛けた人はマシンナリーのリーダー儀部さん。
あの時の路地でのハプニングが、思界力が宿るきっかけなんだとか。
あ、そうだ、大事な事を思い出した。
恒常力場だ。
長い間、いっつも物質が動いているような場所、それが恒常力場だ。
例えば扇風機を一年間回し続ける、これも恒常力場と呼べるって、聞いた事がある。
ずっと運動している物がいきなり動きを止めた時、一瞬だけ別の世界の空間の情報が混じって来て、結果大きくこっちの空間が歪むらしい。この現象をS3といって、その一瞬しか空間が歪まないS3現象を、永続的に保存してさらに電波みたいに他の場所に伝播させるのがS4機能だ。
別の世界…… そもそも世界は、〝宇宙空間を含む、あらゆる存在を内包した領域〟だ。これは、新聞のコラムにも書いてあった基本中の基本。
そんな世界はひとつだけじゃ無く、すごく凄い数…… 人の感覚だと無限に近い数があるんだとか。
でもそんな沢山の世界は、たった一つの世界〝親世界〟のコピーのようなものらしい。
コピーといってもほぼ親世界と変わらない世界もあれば、かけ離れた世界もあって、そういうかけ離れた世界の人たちは、思界力を持つ場合があるらしい。
恒常力場の停止で、別の世界の空間の情報が流れてきた時、その思界力も一緒に流れてくる。
思界力は脳に関係があるから、人の脳に入り込む事もあるんだとか。
……確率的にはまずあり得ない数値みたいだけど。
でも観測者っていう体質の人がその場に居れば、話が違うらしい。
観測者は自分の脳に、流れ着いた思界力を引き込めるだけで無く、別の人の脳にも引き込められるって話だ。
で、儀部さんはその観測者で結果的にあの場にいたわたしは思界力が身についた、という事らしい。
実際にわたしはその直後に思界力を実感できた。
夢吽にも似たような感じで移植したって話だ。ビルの一室で観測者の首藤さんと夢吽が待機。密かに回し続けてた扇風機を止める事でS3現象を起こして、思界力を移植したんだとか。
でもこの思界力。考えると凄い壮大だ。なにしろ、自分自身がれっきとした〝一つの世界〟になる事から始まる力だから。
さらに、その時に生まれる強いエネルギーで、何らかの現象を引き起こせる…… この〝何らかの現象〟は、思界力によって違う。
わたしを含めた、マシンナリーの人たちは、〝身体の一部に機械の性能を組み込む〟現象を引き起こせる思界力だ。
ちょっとこれは現象と言えるのか怪しいけど…… でもマシンナリーは結構凄いから、長いことこの町でやってたようだ。
まあ、わたしができるのはしょぼいし、マシンナリーの人たちもマーチって人たちに結局やられちゃったからあまり凄くは感じないけど……
そのマーチは、音楽に関係した思界力って聞いたけど、なんかちょっと想像付かない。
でも、音楽を力にするんなら、思界力でなんかなくて、正々堂々勝負したいものだ。
演奏とか歌唱力で! その後対バンでも出来たらきっと仲良し…… うん、もしマーチと遭遇したらそうしよう。
でも、初めて思界力を持った時はパニックだったな。
不審者だと思って警察に電話しようとしたら、間違えて夢吽に掛けちゃって。電話で夢吽の声を聞いた途端、アレだから。いきなり身体が自分のものじゃ無くなる感じがした。というかこの世界の人間じゃない気がして気持ち悪くなったっけ。
でもその時はすぐに儀部さんが事情を教えてくれたから助かった。
その後は知っての通り…… たった一ヶ月間だったけど、結構充実した毎日だったと思う。
なにせ、普通じゃ体験できない日常だったから。
あの日切れたタービンのケーブルは、前よりしっかりとしたものに変わり、頭上で変わらずクルクル音を鳴らしてる。
変わるものと、変わらないもの。
そろそろ学校の卒業式もある。
それが終わった後のわたしは、やっぱり変わっていくのかな。
私たちのバンド〝おやつランチ〟も、メジャーを目指すかインディーズのままか、はたまた解散か…… その後の方針が決まらないまま。
バンドを辞めた心ちゃんには『これからも頑張って下さい』って言われたけど、わたしはまだ悩んでる。
終わらない悩みの中、配達は無事に終わった。
近くのコンビニで朝食を買い、適当なベンチに疲れた体をストンと座らせる。
早朝、六時ちょっと過ぎ。
空が明るくなるにつれ、冷たい空気が暖められる。もうすぐ日の出だ。
朝と夜の間に挟まれたわたし。そんなわたしが手に挟むのは、野菜を挟んだサンドイッチ…… あ、今の歌詞に使えるかも。
今度みんなで集まった時に話してみよう――
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