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1.憧レテ、憬レル
参加する義理があるのはここまでだと思い、千ヶ滝春佳は二次会への誘いを丁重に断った。
それまでの宴会の段階でさえ勝手が分からず身の置きどころがなかった上に、他の参加者達は皆自分のことで精一杯だった。
これ以上輪のなかにいても気疲れするだけだろうと判断した春佳は、本日の会に対する礼を述べ、あとは適当な理由をつけながらその群れから外れて歩き出した。
夜の街の空気は些か冷ややかだった。九月の連休中のことである。
スマホで確認した時刻は二十二時を過ぎたところだった。家に帰る気はない。だからといって、下手にこの付近をうろついて他の参加者集団と再び鉢合わせするのも具合が悪い。
十五分ほど歩くことになるが、ここから駅を越えて西の方にネットカフェがある。今夜の寝床代わりにするつもりだったその店に、早いところ入ってしまった方が無難そうだ。
春佳がそのつもりで歩く方向を変えたところで。
「はーるかちゃんっ」
「――わっ!」
自分の名を呼ぶ声とともに、不意に両肩に触れる手があって、春佳は短く叫んだ。
「あははっ、びっくりさせてごめんね」
振り返ると、すぐに手を離し愉快そうに笑う男性がいた。先ほど行われた会の参加者の一人だ。
宴会開始時に聞いた自己紹介によると、年齢は春佳よりも三歳年上とのことだった。童顔で少年っぽさが残る相貌。そんな見た目が印象的だったので、彼の年齢だけは覚えていた。背丈も成人男性にしては明らかに小柄だ。ただ、身長に関していえば、春佳の側も女性にしてはかなり高い方に入るので、向こうは向こうで思うところがあるかもしれない。
さておき、そういった彼元来の特徴は、ブランド物らしきジャケットや小綺麗に整えた髪といった身なりとしての大人らしさとの間に、何とも言えないギャップを感じさせる。
「えっと……」
肝心の名前を思い出せないことに、春佳は少し焦る。
女性と男性、五人ずつの会食だった。しかし、そのなかで春佳の知り合いは女性側の幹事である大学の同級生一人だけだった。その上、誰ともまともに喋ることができない気まずさ。一斉に行われた自己紹介の記憶は濁流のように流れていき、結局春佳のなかで参加者の顔と名前は殆ど一致していないのである。
「水上怜です」
「あ、すみません……水上さん」
「よかったら怜って呼んでちょうだい」
春佳のぎこちない態度に機嫌を損ねる様子もなく、怜は至ってにこやかだった。
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