34人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねえ春佳ちゃん、もう帰るの?」
そう問われたので首を縦に振ると、怜がさりげなく春佳の手をとって顔を覗き込んできた。
「今日はつまらなかった?」
「い……いえ、つまらないとかではなく……」
思いがけず近い距離で接されたことへの驚きと、胸の内を悟られたことへの気まずさに、春佳の心拍数が上がる。
「私……初めてだったんです、ああいう場が。幹事の子にたまたま人数合わせで頼まれて参加したので……」
市内の大学に通う春佳。ちょうど一週間前、同じ専攻の横川柑奈に頼まれて本日の宴会――有体にいうと合コンに参加するはこびとなった。彼女によると、昨年卒業したサークルの先輩との繋がりで今回のコンパを企画したのだが、女性側の出席者から急なキャンセルが出たのだという。会の性質上男女の人数は揃えた方が望ましいとのことで、参加者を探していたとのことだった。
合コンへの参加経験もなく勝手も分からなかったので、気が進まない春佳だったが、「普通に飲んで食べて喋っていればいいから」と柑奈が食い下がってきて、済し崩しに参加することと相成ったのである。
「何だか皆さんのお話について行けないし、どうしたらいいかも分からなくて、黙って見ているだけになってしまいました……あ、終わる頃に連絡先だけ交換した人もいましたが」
「えっ、そうだったんだ。うわー、しんどかったでしょ。こんなことなら、一次会から声かけていれば良かったなあ」
一次会での怜は春佳から離れた席におり、周囲の参加者と歓談しながら和やかに打ち解けている様子だった。こちらのことを気にかける余地があったとは思えないが、気遣いの言葉はありがたかった。
「ところで怜さんは、二次会へは行かないんですか」
「あー、そうねえ。どっちでも良いかなあって」
春佳の問いに答えた後、怜は少しだけ手に力を入れた。
「それより春佳ちゃんが帰ろうとするのが見えたから、つい追いかけてきちゃった」
「え……そこまで気を遣わせてしまって、すみません」
「ううん。気遣いじゃなくて、僕が春佳ちゃんと話してみたかったから」
含み笑いを混ぜながら怜が口にした言葉は、春佳の思いも寄らないものだった。
「私と、ですか……?」
一次会を過ごした限り、怜のみならず他の参加者は誰も自分に関心などないだろうと、春佳は思い込んでいたのだ。
「――びっくりしてるの、可愛いね」
そう言いながら、怜は春佳の手を押し揉むように指にやんわりと強弱をつけた。体温を感じる手に始まり、腕を伝ってやがて全身に妙な熱が走る。未だかつて誰にもされたことがない独特の触れ方に春佳は戸惑うも、何故か拒否する気は起らなかった。
そこへ更に、怜は追い打ちをかけるように、しかしごく穏やかな声で続ける。
「この後は時間ある? よかったら、僕と遊んで欲しいな」
最初のコメントを投稿しよう!