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それ以外に何をされたわけでもないのに、呼吸とともに全身がじんじんと疼く。奥底の願いに灯る火を自らの手で消すことはできず、春佳は怜に凭れるようにしがみつく。
そんな春佳に彼は何も言わず、代わりに唇へキスを落とした。それを受け入れて待っていると、先ほどと同じようにその舌が滑り込んでくる。
粘膜同士の感触にはやはり慣れず一瞬は驚くものの、今度こそは彼の求めに応えたくて、春佳自らも先ほどより能動的に舌を動かす。
「……はっ、可愛い……上手だね、春佳ちゃん……っ」
息継ぎを挟んで子どもをあやすような口調で言ったかと思うと、怜は再び春佳の顔を引き寄せて口元に吸いつき、更に大胆な接吻を繰り返す。
互いの呼吸の間に水音が混じるほどの、激しく密接な絡み合い。温かく湿った口内でこれでもかというくらい味わっても、春佳の疼きは止まない。
最奥が溶けていくような熱に浮かされながら、春佳はなお怜に絡みつく。
うっとりと微笑む怜の手が、髪や頬を撫でる。やがて徐々に下りてくるそれは、春佳のまるで華のない服をたくし上げ、そのなかに隠しているごく控えめな膨らみへと触れた。
彼の指は周りよりも少しだけ柔らかいそこを、さするよりも強く捏ねるよりも弱い絶妙な加減で愛おしんでいる。
許された他者だけが手を伸ばすことのできる場所への接触は、それだけで春佳のなかに眠る高揚感を掻き立てた。
「あの……っ、怜さん……」
「……ん?」
そこに手を置いたまま、怜が首を傾げる。平素の人懐こくあどけないその顔は、艶然としたものに染まっていた。
その色に搔き乱される脳裏を深呼吸で整え、言葉を取り戻す春佳。
「……今、すごく嬉しくて……でも何だか、身体がむずむずして、変な感じがするんです……」
たとえ浅ましい願いだったとしても、怜には自らの口から伝えたかった。
「それで、その……もっと、触って欲しくなってしまいました……」
こういった状況での然るべき作法も所作も知らぬまま、春佳は自ら下着を緩めて服を捲り、その胸が彼の目に入るよう露わにした。
とはいえ、何だかあまりにも品がない感じがして、こんな形でしか表現できない自分が情けなくなる。
すると。
迷子になっている欲求と飽くまでも律しようとする理性との板挟みで苦悩する春佳の身体を、怜は強い力で抱き締めた。
そして、再びベッドの上に組み敷く。
「……っ、君は本当にもう……ガチガチに緊張してるかと思いきや、どうして平気でそういうことをさあ……」
「い、いけなかったでしょうか……?」
「いけないに決まってるでしょうよ……!」
怜がやや強い口調で被せ、そののちに加える。その佇まいからは、余裕が失われているようにも見えた。
「まあ、僕の前だけだったらいいけどさ……でも、僕の前だけだからね?」
他の人間相手にそんなことをするはずもないのだが、念押しをする怜は、何故か拗ねた子どものような顔をしている。これは、彼が何らかのネガティブな感情を抱いた時の表し方だ。
「……怜さん、もしかして結構心配性ですか?」
「何なの、急に!」
指摘された瞬間こそ、怜は言葉で抵抗を示しているが、それはどうも“図星”と同義のようだ。
「……そうだよ。心配性だし、まあまあ嫉妬深い方だと思うよ。自覚あるから気をつけてるつもりだけどね」
「なるほど……承知しました」
春佳のなかで、一つ合点の行くことがあった。
「それなら、私はやはり、怜さんに沢山気持ちを伝えなくてはなりませんね……恥ずかしいことは言うべきでないと思っていましたが、黙っていたら怜さんが不安になってしまうかもしれないので」
今度は確信を持った春佳は、彼の目を見て改めて告げる。
「私、怜さんが大好きです……だから、怜さんに触って欲しいです」
怜は少しの間、苦しそうに笑っていた。
そして、のちに吹っ切れたように唇を軽く啄ばみ、「僕も大好き」と何度も繰り返しながら、彼は春佳の望みを、時間をかけて大切に愛でてくれたのだった。
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