6.逡イ、巡ラス

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「こうやって、家で誰かと食事を共にするのって、いいものですね」  春佳がぽつりと言う。 「……毎日こうだったらいいのに」  その小さな声に込められた切実な願いの存在に気づきながら、怜は即座に言葉を返すことができなかった。  恐らく春佳も、少しはそれを匂わせていたに違いない。恥じらうように目を背けているのがその証拠だろう。 「毎日こうだったら……ね」  彼女の言葉をそのまま繰り返すのが精一杯で、怜は逡巡する。  毎日家で誰かと食事を共にする――今の春佳は、その“誰か”に怜を当てはめているのだろう。  更に、“毎日”という言葉の意味。  怜と春佳、然るべき年齢以上の男女なら、それを成立させる(すべ)が間違いなくある。まして、互いに好意のもとで付き合っている間柄。やや期間が短いとはいえ、決して荒唐無稽な話ではない。  ただ、手放しで決断できる選択かというと、それもまた考えるところだ。  春佳が思い描いている未来は、きっと甘くきらきらしたものなのだと思う。些か少女じみた夢だが、幼い頃から経験を異常なまでに制限されていた彼女が可能な想像の限界だし、またそれが心の支えになっていることを、怜も分かっているつもりだ。  だからこそ、春佳の夢を壊したくない。それを叶えてしまうことで、彼女を苦しませてしまう現実の存在を、怜は恐れている。  その最たるものは、怜自身の心身の状態および収入のこと。それらは否が応でも二人の生活に結びつくことだ。  そして今の状況では、そのことで春佳に負担をかける可能性が大いに予想できる。  それならばまだ、夢は夢のままにしておいた方が、互いにとって優しいだろう――  都合が良い逃げのような形で思考を自己完結し、怜は再びつゆのなかに箸を沈めた。  春佳はそんな怜から何か察知したのか、気まずそうに笑う。 「あの……深い意味はないですからね」 「……ん?」  あからさまに嘘と分かる彼女の言開きに、怜は首を傾げて誤魔化す。 「……すみません。せっかくのうどんが伸びてしまいますね」  何故か謝る彼女のぎごちなさに胸が痛むものの、今の怜にはそれ以上どうすることもできないのだった。
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