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一階の開放的な教室に比べると、二階部分の空間はその半分にも満たないほどの広さだった。スタッフルーム兼面談室らしい。
階段を上って扉を開くと、真正面から見えるところに向かい合わせに置かれた椅子とその間に小さな木製のテーブルが見えた。そこが生徒や保護者、来客者との面談スペースになるらしい。
「部屋に入ってすぐ見えてしまうのはどうかなとは思うけれど、致し方なかったの」
左手側に目を向けるとオフィス用デスクやキャビネット、パソコンなどを置いたスタッフ用の空間と、簡素な給湯スペースがあった。
壁で仕切るほど広い部屋でもないし、だからといって面談や来客の度にスタッフのデスク周りを通るのも好ましくないという理由でこのような配置になったのだと、燈子が不本意そうな面持ちで説明した。
通された席に座って待っている春佳に、彼女はガラス製のティーカップに茶を淹れて差し出す。
鮮やかな赤に染まった湯が通す光の色が美しい。
「このお茶は……?」
「ローズヒップティー。あーちゃんのお家の方がね、ご厚意で差し入れてくださったの」
「さっきの生徒さん、ですよね」
他者を拒絶する暴言と威嚇するような個性の鎧を纏ったあの少女の顔を思い浮かべながら、春佳はカップに口をつける。
舌に広がる酸味の第一印象の奥に、甘味のような旨味のような、とろりとした味わいが少し遅れて感じ取ることができた。
「美味しいお茶ですね」
燈子は自分のぶんを注いだマグカップを持って、春佳の向かいの席に腰を下ろす。
「……気づいているかもしれないけど、彼女は今、学校に行っていないの」
神妙な面持ちの燈子の話に耳を傾ける春佳。指摘通り、その想像は頭のなかを過っていた。昼下がりのこの時間に生徒が一人だけ塾にいるという状況には、違和感を覚えざるを得ない。
「最初のうちは、保健室で過ごすとか別室で授業を受けるとか、色々対応してもらいながら何とか通ってたんだけどね。フリースクールも行ってみたけど、それも上手くいかなくて。それでもうちの塾には、途切れ途切れだけど通い続けていたわ」
塾の所在地がアリスの在籍する中学校から遠く、同じ学校の生徒がいないことが幸いしたのだという。
「でも、やっぱり集団のなかにいるのはつらくてね。だから、フリースクールに通うのも難しくなってしまったくらいだし」
「それで、個別指導教室の方に」
「ええ。飽くまでも学習塾だから、出席代わりにはならないけど、元々勉強が嫌いな子ではないし、何より彼女が外に出る手がかりを断ちたくないと思ってこちらから提案したの」
春佳が話しかけた時こそ攻撃的な態度をとるアリスだったが、それまで晶子と二人で課題に取り組んでいた際は、少なくとも静かに集中していたように思う。
燈子の見立ての通り、他人からの刺激の少ない環境の方がアリスは穏やかでいられるのかもしれない。
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