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怜に誘われるがままホテルへと身を運ぶ春佳。
バーでは小一時間ほど話した。あの後、怜は更にもう一杯同じウイスキーを飲んでいた。春佳もパフェを食べ終え、最後にホットコーヒーを飲ませてもらった。飲食代は全て彼が支払ってくれて、ありがたく思う反面申し訳ない気持ちで店を後にした次第だ。
最寄りのよく聞く名前のビジネスホテル。春佳にとっては初めて利用する場所だった。もとより家族で遠出する用事は親戚の家くらいだったし、友達同士の旅行にも行ったことがない春佳は、宿自体が修学旅行以来であった。やはり勝手が分からないので、チェックインの手続きは怜に任せる。
いざ足を踏み入れたその部屋は、入り口に近い方からドレッサー、フロアランプ、ベッド、そしてサイドテーブルが設置されていた。また、ベッドの足側になる方向にはテレビやミニ冷蔵庫が置いてある。通路はごく狭く、荷物を置くためだけにある空間のようだった。
そのなかでとりわけ春佳の注意を引くものは。
「ベッド……一つしかない」
それがダブルベッドというものだということは理解している。部屋に一つだけある白いベッドの幅は広く、なおかつ枕は二つ用意されていることからも、それが決して一人で寝るためのものではないことを匂わせている。
「やっぱり嫌だった?」
怜に問われ、春佳は慌てて首を横に振った。密かに動揺したことを悟られたような気がして、ばつが悪くなる。
「……覚悟はできています」
たとえ幼く拙い空想でも、怜の意図が、この場所で時を共にすることの意味が分からない春佳ではない。
「そう……なら、おいで」
怜がそのベッドに座り、手招きしながら春佳を呼ぶ。吸い寄せられるように近づくと、彼は春佳の腰を引き寄せ、自らの膝の上に乗せる形を取った。
「わ……っ」
バランスを崩しそうになった春佳は、反射的にその背中に手を回して怜にしがみついた。
意図せず身体が密着したことにどきっとして、「すみません」という言葉が口をついて出る。
背丈こそ小柄とはいえ、触れた怜の身躯は見た目よりも逞しいものだった。春佳が跨るように腰を下ろしている太腿も、寄り縋っている肩も背中も、間違いなく頑丈な骨格だ。
親に内緒で見た少女じみた本やドラマでしか育たなかった憧憬の世界が、少しずつ現実に迫っていることを確かめ、息を飲む。
怜の方からも抱き締めるように腕を絡めてきて、僅かに下から覗き込むような角度から春佳の瞳に問いかける。
「――――いい?」
主語も目的語もない、たった一言の問いの意味するところを確かめることもなく、春佳は無言でうなずいた。
怜はにっこりと笑い、まるで子どもを相手にするような甘い声色で囁く。
「可愛い春佳ちゃん……二人で楽しもうね」
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