1.憧レテ、憬レル

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 ただの言開きにしかならないが、相手に失望されるのは耐え難いことだったので、とにかく言わずにはいられない。  同じ年の頃の仲間らには、「初心」「ピュア」「箱入り娘」と言われている春佳。それが半ば揶揄する言葉であることにも、当然気づいている。  変わりたいと思っていた。そして、これだけの状況が揃えば、変われると思っていた。  しかし、最後の最後で失態を演じた。未知の行為に対する恐怖心を、春佳は自ら示してしまったのだ。 「私、恥ずかしいです……ぅっ、みっともない妄想をしているくせに、こんなところで怖気づくなんて……これじゃ子どもと同じです……っ」  拭っても拭っても、涙が止まらない。そんな風に泣きじゃくる姿は、まさにみっともなく、子ども同然だろう。しかし、春佳にはどうすることもできなかった。  少しだけ時間が流れたのち。  怜が座っていた体勢を変え、ベッドの上に横たわった。人一人分の空間を確保できるよう、端の方へ寄りながら。 「――――何もしないからさ、よかったらこっちにおいで。お話しよう?」  呼びかける声はごく穏やかだった。笑いかける顔色は邪気を感じさせず、バーで話した時とも先ほどの一幕で見せたものとも異なる温かさが垣間見えた。  全く警戒していないわけではなかったが、それでも春佳は追い縋るような思いで、横になったまま彼の方へと寄りつく。 「あのね、春佳ちゃん。君は何も謝ることなんてないんだよ」  手を握られて少しどきりとするものの、怜からそれ以上の接触はなかった。 「こういうの、初めてなんでしょ。それどころか、異性と喋ったり交流する機会も殆どなかったって、さっき話してくれたよね」  改めて確認されるのはむず痒いものがあったが、事実なので頷く。 「怖いのは当然のことだよ。まして、今日知り合ったばかりの相手なのにさ。なのに、僕はそんな春佳ちゃんの憧れにつけ込んで、欲求を満たすような真似をした。ごめんね、嫌な思いをさせて」 「そんな……! 怜さんこそ、謝らないでください……誘っていただいたことは本当に嬉しかったんです。私はこんな見た目だし、何の経験もない幼稚な人間ですけど、怜さんに声を掛けられて沢山可愛いって言ってもらえて、たとえ嘘だったとしても素敵な夢でした。一瞬だけでも、ちゃんと女性として見てもらえたんだって」 「……うわあ……うわあぁぁ……」  突如怜は自らの顔を覆ったかと思うと、ベッド上の限られた空間で身悶えするように転がり出した。 「ごめん……ごめんごめん! ホントこんなに良い子に、僕は何てことを……!」  足をばたつかせながら自責の言葉をひとしきり口にした後、再び春佳の方に向き直り、怜は言う。 「――春佳ちゃん……こんなことした僕が言うのもなんだけどね、君は本当に好きな人とちゃんと幸せになるべきだよ、絶対」 「え……?」 「お家の事情とかもあるから今は環境的に難しいかもしれないし、僕が軽々しく言うことじゃないかもしれないけど、春佳ちゃんには素敵な恋をして欲しい。大学を卒業して社会に出てからでもいいし、何歳になってからでもいいと思う。君の願いは、君のことを本気で好きで大事にしてくれる人と叶えるべきだよ」
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