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怜の話はまるで夢物語で、春佳にとって受け入れられる理屈ではなかった。しかし、それを伝えようとしている彼が飽くまでも真剣であることは理解できた。
「……ありがとうございます。この先私にも、そんな機会があるといいですね」
「絶対あるから!」
これまで以上に強い口調で怜は言う。
「だって、春佳ちゃんはすごく可愛くて良い子だもん。これはお世辞とかじゃないから」
あまりにも率直過ぎる賛辞だが、懲りずに本気にしてしまう自分がいて、春佳は照れ臭くなる。
えへへ、とだらしない笑みを浮かべてしまうが、怜は微笑ましく反応してくれた。
が、少し間を置いて神妙な顔を見せる。
「――だから、それまでは自分を大事にして。特に、見ず知らずの男に気軽について行っちゃ駄目。相手は僕みたいな奴かもしれないんだから」
「怜さんみたいな……優しくて正直な人、ということですか?」
「にゃー!」
怜が怒った猫みたいな声を上げて、再び足をばたつかせた。ベッドのスプリングが跳ね、春佳の背中にも振動が伝わる。
「何でこの状況でそんな暢気な解釈になるの、もうもうもう!」
頭を抱える怜は、眉間に皺を寄せた渋い顔をしながら恨めしそうに春佳を見ていた。
「とにかく! こういう出会いとか合コンとかも悪いとは思わないけど、相手はしっかり見極めた方がいいってこと。やけに馴れ馴れしい男とか、すぐホテルに誘うような男はほぼ狼だと思って間違いないよ……って、自分で言ってて虚しくなってきた」
「そうなんですね……ありがとうございます、狼さん」
半ばむきになって持論を述べるもどこかばつが悪そうな怜を見て、春佳の口元が自然と緩んだ。
「優しい狼さんに会えてよかったです」
「……そりゃ何よりだよ、お姫様」
交わした言葉にどちらからともなく笑い出し、互いの声が重なる。
その後は、春佳からは何も望まず、怜からは何も求めず、ただひたすら安穏に夜を過ごしたのだった。
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