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一
自殺のことばかり考えていた。
というよりも、蓄えを食い潰してしまえば私の取り得る道は死ぬよりほかない、そう思っていた。預金通帳の残額は毎月絶えず痩せ細っていく。おそらくそれに比例するように私の精神も薄弱していったのだろう。
三十代半ば未だ結婚していなかった私は、勤めていた会社から地方へ転属を命じられた。会社は単身者である私を身軽であるとでも考えたのだろう、そして私も私は身軽であると勘違いしていた。
詳しく述べる気も起こらないが、その転属先というところに行ってみて、私はそこが地獄であると気付いた。気付いたときにはもう手遅れだった。
製造業の現場の中間管理職というのは、なかなかに厳しいものがある。製造ラインで直接物作りをしている工員は独特の生態系を生きており、そのボスのような存在は陰に強大な権力を持っている。赴任してきた私は、彼にまるで赤子のようにあしらわれた。私の持っているはずの公式な権限など、彼には児戯の遊具のように見えたらしい。
そして、私の上司たる工場長もまた、一癖のある人物だった。こちらは自らの手のうちにある裁量を右へ左へと振り回し、私はそのパワハラ的な行動に振り回された。
私が神経を深く病み、休職するまで半年を要しなかったし、退職を強要されるまでの猶予は一年に満たなかった。
無職の病人となった私は、もはや本社のある都会に戻る気力もなく、会社が借りていた部屋を出て、近所に単身者用サブリースアパートになんとか引っ越し、ひたすらそこで腐っていた。
病自体はやがて数年で寛解したが、無職の空白期間のある私に再就職を見つけることは難しく、日々の買い物以外は部屋に引きこもるようになり、そして五年が経過していた。
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