6話 お節介

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6話 お節介

ユーゴと再会してから二週間以上が経ったが、相変わらずユーゴは夕方になると家にやって来ては、朝早くに騎士団の宿舎に帰っていた。 勿論、あれ以来同じベッドで同衾などしていないし、初めの日にベッドでされたような事も、されていない。 まるで昔に戻ったように一緒に夕飯を食べ、私が薬草を選り分けたり、魔導書を読むのを隣でユーゴが寝そべりながら眺める。そして他愛無い話をして眠る。 だけどユーゴが私に向ける目は、やっぱり昔とは違った。 「シャルナ、本当に好きだよ。この世界で一番、誰よりも愛してる」 そう言って、事あるごとに私の手や髪に優しく触れるユーゴに、何だか落ち着かなくてムズムズするのは何故なのだろう。 「ユーゴ…あなたは、卵から生まれたひな鳥が初めて見たものを親と思うように、初めて見た異性が私だったから、特別に思ってしまってるだけよ。他に目を向けてみたらどうかしら?」 何度もそう言ったが、その度にユーゴは「は~~~~」と深い深いため息を付いて、私をじろりと見た。 「あのね。俺の気持ちは、そういうのとは全然違うよ。少なくとも俺の方が恋愛の何たるかは、シャルよりよく知ってるよ!」 そう言われると、それ以上何と言っていいのか分からなくて、私は黙り込むしかなくなる。するとユーゴは一転、しょうのない子供をあやすように私を抱き締めて、頭を撫でるのだ。 「ごめんね。分かってるよ、シャルがこういう事に疎いのはさ。俺もつい急いちゃった。ゆっくり待つから、俺の事嫌いにはならないで」 「別に、嫌いになんかならないわよ…」 そう答えながら、複雑な気持ちになる。 以前は私がユーゴの事を抱き締めては、こうやって頭を撫でて宥めていた。 再会してからというもの、すっかり立場が逆転してしまい戸惑うばかりだ。 はぁ。 これなら、難解な魔法の解析に取り組んでいる方が、よっぽど気楽だわ。 そんな日々が続いていたある日。 私は王都の下町に来ていた。 年を取らないだけで、私も一応人間だ。 自給自足で賄えない物や日用品などは、街で調達せざるを得ない。 そういう時には、一日しか効力は続かないが、髪と目の色を変える魔法薬を飲んで、こうして街に出かけるのだ。 今の私は、地味な茶色のフードを被り、ありふれた茶色の髪、薄茶色の瞳をした町娘で、上手く周囲に溶け込めていると思う。 「シアン、最近たくさん買うようになったねえ。いい人でも出来たのかい?」 馴染みの雑貨屋のおかみ、マーサさんに意味ありげに微笑まれて、閉口する。 ちなみに『シアン』は街に来る時使っている偽名だ。 「…違うわよ。長い間、出稼ぎに行ってた弟が帰って来てるの。だからよ」 予め用意していた答えを口にすると、マーサさんは「あら~それは良かったねえ!」と言った後、こっそり耳打ちして来た。 「だけどシアンももう、いい年頃だろう?弟の世話より自分の幸せの方を優先しなきゃ!私の友達の息子が騎士見習いしてるんだけど、とってもいい子だし、会ってみないかい?」 このおかみさんはいい人だが、ちょっとお節介な所がある。特に年頃の娘に見える私が、独り身でいるのが気になって仕方ないらしい。 のせられてつい、特定の相手などいないと話した事が悔やまれる。 「マーサさんごめんなさい。私はいいわ。誰か他の人に紹介してあげて」 この雑貨屋は他の店より品揃えがいいし、安くて気に入っている。出来ればこれからも通いたいから、そう言って辞退したけれど、今日に限ってマーサさんは食い下がって来た。 「いやだねえ!遠慮なんかしないでいいんだよ。実はもうその子にシアンの事を話してあってね、ちょっとでいいから会ってやってくれないかねえ」 「え、ええ?無理よ。私は本当にそういうの、要らないの」 ぎょっとして断ったが間の悪い事に、 「そんな事言わずに一回、会うだけ会ってみておくれよ。嫌だったらそこで断っていいんだからね」 そう言うマーサさんが、急に私の後ろに目をやって何かに気付いた顔をした後、満面の笑みで手を振った。 「やだ、ちょっと!?こんな巡り合わせったらないよ!ミゲル!ちょっとこっちおいで!」 嫌な予感と共に振り向けば、騎士見習いの制服を身につけた、恐らくユーゴより若い男の子が「マーサおばさん」と小走りにやって来た。 ちらっと私を見て、目を見開く。 「えっ、もしかして…」 ミゲルと呼ばれた子が言いかけるのに被せて、 「そう!この子だよ、いい子がいるって言ったの。可愛い子だろう?ねえシアン、この子がさっき話してたミゲルだよ。今は騎士見習いだけどその内騎士に昇格するし、将来有望な上に性格もいいんだよ。良かったら色々話してやってよ」 興奮気味のマーサさんがまくしたてる。 参った。こんな事になるなら、さっさと別の店に乗り換えておけば良かったか。 それでも仕方なしに、私の言葉を待っているミゲルに向き直るときっぱり断ろうとした、のだが。 「シアンさん、あのっ!この後お暇ですかっ?僕、今は騎士団の仕事中で抜けられないんですけど、その後は空いてるんです!良かったら一緒に昼食でも食べに行きませんか!あっ、もちろん僕が奢りますから!」 「え?いえ、私は」 「すみませんっ、急ですもんね!でも僕、この機会を逃したくないんです!こんな事言われても迷惑かもしれませんけど、一目惚れしたんです!お願いします、一緒にお話したいんです!」 怒涛の如く言い募られて、唖然としてしまった。 一生懸命で、子犬が尻尾を振りながら纏わりついて来るような様が、どことなく誰かと被ってしまう。だが。 「ごめんなさい。私、行けません。それにあなたの想いに応える事も出来ません。他の方を当たって下さい。それじゃ」 可哀想だが、余計な期待を持たせる方が酷だというものだ。 はっきり断って、軽く会釈して傍を通り抜けようとしたのだが、 「そっ、そんなっ。どうしてですか?僕、自分で言うのも何ですけど、話すと楽しいってよく言われるし、絶対、嫌な思いはさせません。ちょっとでいいですから!」 これで終わったと思いきや、ミゲルは意外と押しが強くて追いすがって来た。 何て面倒なのだ。 誰もいなければ『昏倒』させてさっさと『転移』で戻るのだが、これだけ人の居る街中ではそうもいかず、段々苛々して来た時だった。
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