7話 恋人?

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7話 恋人?

「おいミゲル、何やってるんだ。女の子口説いてないで早く戻れよ」 聞き慣れた声がして、ミゲルが慌てた。 「あっ、す、すみませんユーゴさん。で、でももうちょっとだけ待って下さい」 「いや、お前、それもう脈ないだろ…って、え、まさか…」 大股でこっちに歩いて来た騎士服姿のユーゴが、私を見てハッとする。 目も髪の色も変えているけれど、やはりユーゴには分かったのだろう。 だが余計な事を言われては困る。ミゲルの見ていない隙に人差し指を唇に当てて頷いて見せると、ユーゴも小さく頷いた。 良かった、分かってくれたようだ。ホッと胸を撫でおろしていると、ユーゴはガバっと私を抱き締めて大きな声で言った。 「うわあ、こんな所で会えるなんて!俺の大事な子猫ちゃん!」 ちょ、ちょっと!? 何を言い出すのだ。 吃驚していると耳元でこっそり囁かれる。 「俺の恋人のフリしてた方がいいよ。ここでの名前は何て言うの?」 「シ、シアンよ」 小声で返すと、ユーゴは私を胸に抱えるようにしながら言った。 「おいミゲル、お前、人の恋人を口説くなよな。シアンは俺の。分かったらさっさと隊に合流しろよ」 「えっ!!?恋人!!?シアンさんが、ユーゴさんの、ですか!?」 「そうだよ、だからもう二度と粉掛けるなよ?分かったらほら、行けよ」 「わ、分かりました…」 ミゲルがよろよろと路地を駆けていくと、今度はマーサさんが口を開く。 「ええ!?シアンってば、こんな格好いい立派な恋人がいるんだったら、ちゃんと言っておくれよ!あらあ…ミゲルにもあんたにも悪い事しちゃったねえ…ごめんなさいね、余計な事をして」 申し訳なさそうなマーサさんに、ユーゴはにこりと微笑む。 「いいんですよ。シアンは恥ずかしがりだから、俺の事言うの、照れたんですね。でもまあそういう訳だから、もうシアンに誰か紹介したりとかは、しないで下さいね?」 最後、どことなく威圧感のある声でユーゴがそう言うと、マーサさんは喉をごくりと鳴らして急いで頷いていた。 「それじゃ」 軽く会釈して、二人でその場を離れながら小声で言い合う。 「シャル!まさかここで会えるなんて思わなかったよ。嬉しいけど、何であんな事になってたの?俺が来なかったら、ミゲルの奴に付いて行ったなんて事ないよね?」 「当たり前でしょ!私だって困ってたんだから…マーサさん、いい人なんだけどお節介なのよね…」 溜息混じりに色々説明したら、ユーゴは立ち止まって私の頬、そして髪に手を触れた。 「そうかあ。食べ物とかどうしてるんだろうって思ってたけど、いつもこんな風に変装して王都に来てたんだね。でも全然可愛さが隠しきれてないよ。だからあんな事になっちゃうんだよ」 「何言ってるのよ、こんなに地味で目立たないのに」 そう言うと、ユーゴは呆れた顔をした。 「ほんとにシャルは自分の事分かってないよね。髪や目の色変えたって、シャルはすごく可愛いんだよ。もう絶対そのフード外しちゃダメだよ。ああ、これから一人にするのが嫌でしょうがないけど…もう行かなきゃ。また夜に行くから俺がいなくなったらすぐ帰ってね?」 何を言ってるのだと思ったが、さっきのやり取りで相当疲れた事は確かだ。 「勿論、そうするわよ。あなたは騎士団の仕事の途中なんでしょ、早く行きなさい」 そう言って押しやろうとしたら、ユーゴは私をぎゅっと抱き締めて唇にキスして来た。 「ちょ、ちょっと何するのよ!?」 びっくりして離れると、ふっと笑う。 「シャルナは俺のものだって、印を付けておかないとね」 「は、はあ!?」 「じゃあ、また夜にね」 戸惑っている私をよそに、ユーゴはそう言うと急いで駆けて行ってしまった。 「何なのよ、もう…」 思わず唇に触れる。ユーゴがあんな事を言うから、本当に痕が残っているような気がしてしまったが、当然そこには何もない。 まあ、いい。目的は果たしたし、もう帰る事にしよう。 一度はそう思ったものの、ふとユーゴの仕事ぶりが気になった。 思えば15歳でユーゴと別れてから、王都には何度もこうして買い出しには来たものの、会いそうな場所は全て避けて来た。 二度と会うつもりがなかったからだ。 だからあれからユーゴがどんな風にこの王都で生きて来たのか、私は知らない。 勿論いずれは、何とかユーゴに私と結婚するなどという夢は諦めて貰って、誰か似合いの女性を見つけ、私の事は忘れて貰いたいと思っている。 だが思いがけず再会して、また以前のように何気ないやり取りをしていたら、母として養い子の成長した様子を見る位はいいのではないか…とも思ってしまったのだ。 「…ほんの少し、見るだけよ」 自分を納得させると、私はフードをしっかり被ってユーゴが走って行った方へ足を向けた。 足早に歩くと、すぐに見付かった。そのまま陰に隠れながら見守る。 ユーゴ達は数人で固まって、街の巡回をしているようだ。 皆、がっしりとしていて凛々しく頼もしく見える。けれど親の欲目か、やっぱりユーゴが一番立派に見えた。街の人達の挨拶に応える姿も一人前だ。 そのまま見ていると、食事処の前に立っていた若い娘がバスケットを手にユーゴに近付いて行き、何か話しかけていた。 どうやらバスケットの中の料理を食べて貰いたいらしい。 どうするのだろうと思ったら、ユーゴは困ったような笑顔で首を振って断っていた。 娘はあからさまに肩を落としていたが、何となくほっとしていると、私の傍にいた若い女の子達の会話が耳に入った。 「あーあ、メルティでも駄目みたいよ」 「あんなに可愛いのにねえ。でもやっぱり、あんな素敵な騎士様だもの。きっと貴族のご令嬢とかが許嫁だったりするんじゃない?」 「あー、そうかも。羨ましーい。私もあんな素敵な人と結婚したーい」 「本当、私もー」 これは、いわゆる『モテる』という現象なのだろうか。 ずっと、私とユーゴは二人で生きて来た。だから他人がユーゴの事をこんな風に言っているのを聞いたのは初めてだ。 嬉しいような誇らしいような、それなのに無性に寂しいような複雑な気分に自分でも戸惑う。 私はそっとその場を離れると、人気のない街外れまで歩いて行って、そこで『転移』を使って家に戻った。
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