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アオとあかり
「・・・・それで、その安藤と一緒に、その夜のうちに、海外へ密航した。また病院に戻っても澤上の奴らが追ってきて迷惑かけるのも申し訳ないし、あんたも死んだと思ってたから・・」
「それで海外にいる安藤さんの知り合いの安全な医者に見てもらって、アオに完全な抗体ができてることがわかって、そこから薬作って、みんな人間に戻ったんだ~」
「・・・そうなんだ。日本には一度も帰ってきてなかったの?」
あかりの店で再会したあと。みんなで蕎麦を食べながら、これまでの経緯をあかりに話した。
「ああ。本当は上野に色々聞きたいことがあったけど、密航した先が電波もないような奥地だったから、連絡もできなかった。安藤も、澤上を警戒して日本の人間とは完全に連絡を絶ってたから」
「まあさすがに澤上の人たちも海外までは追ってこなかったね~」
「・・・そこで、どうやって過ごしてたの?」
「畑耕したり、井戸水引いたり。とにかく、自給自足で生活してた。たまに、町にも出て行って。そんである時、町ですれ違った老人に、あんたの店の事を聞いた。死んでると思ってたから、正直、半信半疑だったけど」
「あかりちゃんも、僕ら死んだと思ってた~?」
「心のどこかで、生きてるんじゃないかなって期待してた。あの事故の後、黒色ちゃん引き取ろうと動物病院に行ったら、運び込まれた夜のうちに脱走したって言われて、もしやって・・」
「あー・・時間ないのに、シロがどうしても連れてくって聞かないから、船ギリギリまで待たせて、病院に忍び込んで・・」
「そっか。大変だったね。あ、あとこれ」
あかりはポケットから叔父のボールペンを取り出した。
「アオがハカセの血を拭かずに持ってたおかげで助かった。・・ありがとう。これは、あなたに返すね」
「・・・・・・・・・・・ああ」
あかりからハカセのボールペンを受け取り、アオはそのペンを不思議そうに見つめた。
「まあ、偶然かもしれないけど、最期の最期で叔父さんに助けられちゃったな~。何であんなに嫌われてたかは、よくわかんないけど」
「それは、」
「まあ、私fが覚えてないだけで、きっと何か怒らせるようなことしちゃったんだよね。はは」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自虐的笑うあかりを、アオは真剣な表情で見つめた。
「あんたには悪いけど、俺は・・・多分、ハカセを恨めないと思う。多分、他の色人たちも」
「うん。それでいいよ」
あかりは優しく微笑んだ。
「・・・で、あの子達は誰?」
そう言って、あかりの店の前で黒色とサッカーして遊ぶ少年達を指差した。どうやら、アオ達の同伴者らしい。
「澤上の被験者たち。アイツらも、残しておいたら澤上の連中に殺されるだけだろ。連れてくのは骨が折れたけど。俺たちと同じで、しばらく経ったら洗脳も解けて、普通の子供に戻った」
「そっか・・・あの子たちも・・〝可哀想〟な子だよね」
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私は、藤吉秋彦。これは、十数年前の、私の記憶である。
今日は年に一度の親戚一同での食事会だった。当然、私はこのような場は好かないが、尊敬する父の顔を立てる為に、仕方なく出席していた。
「こら、あかり行儀悪いわよ」
私の隣から、母親が小さな娘を諫める声が聞こえた。どうやら、食事中に手持ちのお菓子を食べようとしていたらしい。
「まあいいじゃないか、まだ三歳なんだし」
「ぱぱ~」
「何言ってるの。もう三歳なのよ」
そんな様子を見ていると、ふと、その娘と視線があった。
子供は好きではない。だが、私の父はこの孫娘を宝物のように愛でていた。
(・・・一応、機嫌をとっておくか・・)
「お菓子、好きなのかな?これ、食べるかい?」
そう言って微笑みかけ、私のお菓子を差し出した。しかし。
「やっ!!」
強く拒絶され、思いっきり手をはたかれた。そして、母親のひざ元に行ってぐずりだした。
「ちょ、ちょっとあかり、失礼でしょ」
「秋彦、すまん!!あかりは人見知りで・・」
「ははは。大丈夫ですよ」
(可愛くないガキだ・・・)
その後は特に会話をかわすこともなく、食事会は終わり、解散前に私はお手洗いへ向かった。
しかし、手洗いへ向かう角を曲がる前で、兄とその娘の会話が聞こえた。私は、その場で聞き耳を立てた。
「あかり~。普段は良い子なのに、何で叔父さんにはあんな態度なんだ?」
「だって・・・なんか、くらいんだもんっ。あのおじさんっ」
「親戚なんだから、ちゃんと愛想よくしてくれよ」
「やだ!あのおじさん、きらい!」
「あかり~」
(・・・・フン、これだからガキは・・)
心の中で悪態をついて、その場を去ろうとした。だが。
「・・・・あかり、よく聞きなさい。あの叔父さんはね、」
その次の言葉が、私の足を止めさせた。
(・・・・・・何だ・・?)
「・・・・〝可哀想〟な人なんだよ」
「・・・・かわいそう?」
「そう。可哀想なの。おじいちゃんに愛されるために人一倍努力してるのに、結局愛されなかった人なんだ」
「・・・おじいちゃんも、あのおじさん、きらいなの・・・?」
「嫌いではないみたいだけど、自分の子なのにどうにも好きなれないって悩んでた。可哀想だろ?」
「うん、かわいそう~」
「そう。だから、可哀想な人には、優しくしてあげなさい。あかりは、優しい子なんだから」
「わかった~」
その会話を聞いて、膝からくずれ落ちる思いだった。
父は、私を愛していなかった。
確かに、兄の言う通り、私は父に愛される為に最大限の努力をしてきた。自分の感情を押し殺し、何もわがまま言わずに従ってきた。
しかし、父が愛していたのは兄だった。それは私も判っていた。
だが、兄には負けても、私の事だってわが子としてそれなりに愛してくれているはずだ、と自負していた。
そして、めげずに努力を続けていれば、いつの日か、父の中で兄を超えられる日が来るに違いない、と信じて努力してきた。それなのに。
(それが・・・父にとって、重荷だったのか・・・?)
私がしてきた愛される努力は、徒労でしかなかった。
いくら努力して優秀な人間になったとしても、私を愛するかどうかは父が決めるのだ。
そのショックから抜けきれず、私は震える足で解散の挨拶をし、会場を後にしようとした。その時。
「おじちゃん」
私の足元に、兄の娘が駆け寄ってきた。
「・・・なに・・・?」
「さっきはごめんなさい。これ、あげるね」
そう言って、私にお菓子を差し出してきた。
「・・・・・・・・・」
〝可哀想な人には、優しくしてあげなさい。あかりは、優しい子なんだから〟
どうやら、先ほどの兄の教えを忠実に守っているらしい。
(そうか。つまり・・・・)
(私は・・・〝同情〟されているのか・・・・)
兄からも。こんな子供からも。
その日から、私は心に強く誓った。
絶対、成功してやる。
兄を、この娘も利用してでも。
絶対に成功して、父に私の価値を認めさせる。
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「・・・〝可哀想〟ではないだろ」
アオがぼそっと呟き、あかりは振り返った。
「え?」
「だって、アイツら、あんなに楽しそうじゃねーか。うらやましいくらいに」
そう言って、アオは満面の笑みでサッカーを続ける子供達を指さした。
「・・・・そっか。そうだね」
「可哀想な人間なんて本当はいない、どこにも」
「・・・・うん」
あかりは微笑み、アオはカラになった器をあかりに差し出した。
「・・・蕎麦、もう一杯いいか?」
「・・・わかった。ちょっと待ってて」
そう答えて、あかりは厨房へ戻っていった。
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