ご契約条件について、説明させて頂きます

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ご契約条件について、説明させて頂きます

「いやぁ、すみません〜、場所を特定するのに時間がかかってしまって」 「え、いや、こちらこそすみません。こんな辺鄙なところまで」 「いえいえ、どこであろうとお客様の元まで出向くのは、ニャンダフル保険の営業の基本ですので」  こんな時だと言うのに、いや、こんな時だからこそニーシャは零れんばかりの笑顔でもふもふの塊に駆け寄った。 「この間ご相談頂いた件、弊社に持ち帰り良い形のご提案ができないかと協議を重ねまして」 「え!」  ニャンダフル保険は保険クラッシャーと悪名高いニーシャが、一番長くお付き合いできている会社である。猫獣人のウルスは加入時からの担当で、付き合いも長い。 「資料ご用意しますので、少々お待ちくださいね」  あちこち崩れ始めいている廃城、破壊神と化している勇者と魔王、普通なら尻尾を巻いて全力で逃げているこの状況だというのに、ウルスには気にしたところがまるでない。普段と何ら変わらないセールストークと営業スマイル。こんなもふもふな見た目なのに“営業の鉄人”と呼ばれる所以が分かるというものだ。  とにかく、彼は保険の営業のプロフェッショナルなのである。 「さて」  瓦礫の少ない場所まで移動して、パチンとその短い指を鳴らせば、その場にお洒落な丸テーブルとイスが二脚現れた。  簡単な召喚魔法ではあるが、魔力の乏しいニーシャには使えないものなので便利でいいなぁといつも思う。  彼は手持ちのカバンからファイルを二つ取り出して、それからついでにもう一回指を鳴らし、次は冷たい紅茶を準備した。完璧すぎる。 「どうぞ」  勧められ、ニーシャは椅子の背に手を掛けたが。 「ニーシャ?」  ここで割り込んで来たのがドンパチやっていた二人だった。  いや、まぁ分かる。突然のこの展開。二人が見えていないのか? レベルで全く気にしない猫獣人と、契約の相談をしようとしているニーシャ。ヴィスタの声に戸惑いが混じるのもよく分かる。 「停戦」  が、大切なことなので有無を言わさぬ雰囲気を意識して、短くニーシャは告げた。 「いや、え、は?」 「ニーシャ、何を」 「今からウルスさんとすごく大切な話するから。二人とも停戦」  さっきは二人を止めるなんて無理だと諦めモードだったが、ウルスさんが来たなら話は別だと、ニーシャはきっぱり意思表示をしてみせた。 「いや今そういう状況じゃ」 「オレの命に関わることですので!」  保険は大事だ。人生の命綱だ。  そしてまさに人生の岐路と言わんばかりのこの状況に現れたウルス(保険の営業さん)。逃せる訳がない。 「……分かった、三分待つ」 「むぅ、そうだな、三分程度なら」 「はぁっ!?」  仕方ない、譲歩するという気配満載で、譲歩が何か知らないのではという提案をされてニーシャは目を剥いた。 「三分で保険契約の話が済む訳ないでしょ!」  説明だって終わらない。  オレのことが好きなら好かれるようにもっと度量の広いところを見せればいいのに、と思いながら強めの口調で言うが、それに勝る勢いでヴィスタが主張した。 「オレはもうこの悪人がこの世にのさばってることが許せないんだ、ニーシャに害悪だろ! 無理矢理間違いが起きる前に消し炭にしないと! 息をさせてるのも問題だ」 「ニーシャ、聞いたか? これがコイツの本性だ。勇者だなんだと言われているが、現実を直視できず自分に都合の悪いものを消してどうにかしようなどと。まぁ今すぐ消し炭に、という部分は相手を置き換えれば同意しかないが」  くだらない舌戦はよそでしてほしい。  でも言っても意味がないので、二人の発言は無視してニーシャは突き付けた。 「最低十分!」  いや、そもそも醜く甲斐のない争い自体をやめてほしいのだが。十分でも短いのだが。  仕方がない。人生は素早く優先順位をつけるのが肝。でないと命がいくつあっても足りないので。 「いや、三分」 「会話する気あります?」 「うっ、でも、いや」 「正直一秒待つのも惜しい」 「一秒時間を与えたら何するか分からないヤツなんだぞ」 「気に食わないが、それが事実だ」 「私の説明は三分あればまとめられますよ〜?」  うだうだしたやり取りが続いたところで、ウルスがそう口を挟む。 「では六分で」  結局、落としどころがついたのはそこだった。  ニーシャは素早く着席して、ウルスの説明を聞き始める。  全く器の小さい二人である。  だが、ニーシャにも分かっているのだ。強大な力を持つ二人だからこそ、お互いに油断がならない。本人達が言う通り、一秒時間を与えたらその間に何を仕込まれるか分からない相手なのだ。  今も場にはお互いの力が拮抗して満ちており、危ういバランスでギリギリ保たれていることは事実だった。 「ではニーシャさん、こちら今回提案させて頂くプランなんですけども、再生魔導医療、お付けすることは可能です〜」 「えっ、本当に?」 「ただし条件がありまして、死亡保障の方が現状ですとこれだけ出るのですが、新しいプランの方は今の三分の一にになりまして……」 「うぅ、まぁそうですよね……」 「ですがニーシャさんの特殊条件を考えると、やはり入院、通院、生きている自分に対しての内容に全振りした方が良いと思います〜。あと、ここ数年の様子を見ていると、病気よりも怪我が圧倒的に心配ですよね。数年前から見られる流行り病への特殊オプションは外してもいい気がします。ニーシャさんにこの手のものはあまり降りかからないかと、それよりも呪詛解呪オプションの方を強化しても」 「呪詛? 要ります? だってオレにはもう二つも不要な印があるけど、それ、全然解呪できないし、この二つがある限り他のは来ないと思うんですけど」  ニーシャはチラッと視線を元凶に向ける。魂の契約と婚約印。 「あぁ、それはまぁ、その、相手が相手なので……まぁ確かに一周回って魔除けになってる感じはありますね。第三のお相手が現れない限りは大丈夫かもしれません〜」  三人目の可能性を示唆されて、ニーシャは震えあがった。  これ以上増えたら、もう手に負えない。 「再生医療魔導をお付けしようと思ったら、ここに示す条件が必須です〜。死亡保障は今より条件が悪くなりますが、ですがここに最先端ポーション特約のプラスが、ニーシャさん限定で可能です」 「え」 「ニーシャさんのために頑張りました!月々の契約料はこちら、前に解約してしまったと言っていた別会社よりは幾分お安く抑えております」 「確かに……」  提示された条件を見る。  悪くない。どころかニーシャ相手に破格の条件だ。  だってなんせニーシャは。 「属性・生贄、スキル・不運、オプション・呪い持ちのニーシャさんですから〜、備えはいくらあっても足りませんよね。少しでもそれを和らげられるご提案になっていると良いのですが」  そうなのだ。  人には生まれながらに属性やスキルがある。  ヴィスタが勇者で、ディークラディアが魔王なのだってそう。特別なものから平凡なものまで、皆何かしら持ってこの世に生れ落ちる。  ニーシャの場合、とてもとても特殊だった。  ヒト科平凡代表一般人の身でありながら、ニーシャはとんでもない業を背負って生まれてきたのだ。  属性・生贄  スキル・不運  オプション・呪い持ち  生かす気ある!? 前世で一体どんな大罪を犯したの!? と、神様と対面する機会があったら肩を掴んで全力で揺さぶりながらお訊きしたい。  それくらいマイナス方向にフルコンボなステータスだった。  そもそも属性・生贄ってなんだという話である。  調べたところ滅多に現れないものらしく、古代文献にいくらか伝承があるくらい。とにかくニーシャは誰かの何かの生贄にぴったりな人材らしい。魔物なんかに言わせると、なんだかとっても美味しそうなんだとか。  そしてスキル・不運。  いや、それスキル扱いできるのか? というところから問いたいが、まぁありとあらゆる不運な出来事がニーシャには降りかかる。しかもニーシャと特定条件下で共に過ごすと一定時間その不運が伝播する。人に嫌がられる率ナンバーワンの最悪スキルである。  そして、呪い持ち。  ニーシャは生まれながらには呪いを纏っていた。  延縛(えんばく)の呪い。特定の相手から決して逃れられない呪い。  生贄、不運、呪い。  この三つが揃って、ニーシャは苦労の多い人生を送って来た。何度も命に関わる危険な目に遭い、それでも何とか十八のこの年まで生き延びてきたのだ。 「でもウルスさん」 「はい」  そんなニーシャの人生に保険は必須。  今まで数多の会社と数多の契約を結んで来た。  が、こんな体質なので契約条件に合わずお断りされることも多いし、結べた契約もその後のトラブルでおじゃんになることが多い。ならずとも、年々保険料は釣り上がっていくので支払いの方も苦しくなってくる。  それでも保険は大切。ないと生きていけない。  ニャンダフル保険は、今までで一番付き合いの長い保険会社だ。今まで何度もニーシャに寄り添ってプランを作ってくれた。  もちろん、特殊な条件はある。 「これ、オレでも結べる契約作ってくれたのは分かるんですが、でも今の状況じゃ結べないですよね」  ニーシャはある意味被検体、サンプルみたいなものなのだ。  ありとあらゆる災厄に巻き込まれるニーシャで、会社はこの世で起こり得る保障パターンを検証する。その検証を元に自社の経営に利となるプランのラインを見極める。  そういう裏事情があって、この会社は今のところまだニーシャを所謂出禁扱いにしていない。  だが。 「これから絶対御社のお世話になることが丸分かりの状況だし」  ニーシャは背後で待てをしている勇者と魔王を示す。  それでなくても利益率の低い顧客なのだ。だと言うのに、今もうすでにピンチの定中にいる。 「ニーシャ、四分経ったぞ」  四分後にはどんな事態に巻き込まれているか分からない。 「いいえ、結べますよ?」 「本当に? でも、今結んでもなぁ……」  保険と言うのは審査があるのだ。それに事務手続きなんかもごちゃごちゃとある。  ニーシャが契約書にサインをしても、それが有効になるのはもっと後なのだ。 「ご心配なく」  けれどウルスはピン! と銀のヒゲを伸ばして、笑顔で言った。 「ご契約は、サインを頂ければ即時成立です」 「えっ!?」  広い空間に大きな音が響き渡る。ニーシャがウルスと鼻キスする勢いで前のめりになったせいで、椅子が倒れたからだ。 「この状態で入れる魔導医療保険なんてあるの!?」
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