呪いの"特典"について、ご説明致します

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呪いの"特典"について、ご説明致します

 これには今度は本当に脈拍が大きく乱れた。  内容はよく分からない。  でも、呪いと称されるものがマズいものであることは間違いない。 「え、契約書二重になってた? 下、転記式魔術仕込まれてた!? いや、でもそこはちゃんと確認したぞ……」  ウルスのことは信頼していた。その仕事ぶりをずっと見てきて、彼が自分の職を誇りに思っていることも確信していた。  だから唆されたり何かに靡いたりはしないだろうと、そう思っていたのに。  あまりのことに動揺は鎮まらない。 「ニーシャ、見せてみろ」  ぶるぶると震える腕から紙を引き抜いたのはディークラディアだった。  彼はニーシャの代わりにその内容に目を通す。 「なるほどな、これは王家のみに使用の許された専術文字だ」 「なんだと? ……あぁ、でも確かに、見覚えはある。王城の祭壇や宝物庫、玉座なんかにも同じような文字が刻まれていたな」  王家の専術文字。  なるほど、ほとんど読めないが見覚えがある理由はそれか、とニーシャにも納得がいく。古い文献や文化建築などに刻まれていることがあるからだ。 「王家、なんで……」  訳が分からない。ニーシャは頭を抱える。  ディークラディアの言う通り、これは王家にしか使用が許されていない。他の者は使えない。当然、ウルスーーーーニャンダフル保険にも。  それが契約書に隠すように使用されていた。 「いや、分かるな、やっぱりアレは“陛下”って言ってたんだ……」 “それにそちらのお二人がニーシャさんに傷なんて許さないのは、陛下も分かっておりますし”  聞き間違いだとウルスが言ったあの発言。  間違いなんかじゃなかった。ちゃんとニーシャの耳は正しく聞き取っていた。  疑問に思ったのに、それを深く追求しなかったのだ。ウルスのことを、信じていたから。  バカなことをした。 「ディー、内容、分かる?」 「あぁ」  三人の中で一番知識が詳しそうな魔王様に訊けば、事もなげに頷かれた。よく考えたら魔王が王家の専術文字を読めるなんてマズい状況なのでは? と思うが、今は正直有難い。 「……体質の書き換えだな」 「体質?」  一通り目を走らせたディークラディアは、そう結論付けた。 「まさか何か害があるような内容じゃないだろうな」 「害はな……いや、ないことはないが」  特定魔力の過剰生成、とディークラディアは言った。 「なにそれ……?」 「この呪いの場合は光属性と闇属性、その二つの魔力が体内で異常に生成される」 「それって具体的にはどうマズいんで?」  ニーシャは生まれ持った負の属性以外はただの人間で、この世にいくつかある魔力の要素もほとんど扱えない。体内で生成される魔力など微々たるもので、先ほどウルスがやって見せた簡単な召喚魔法すら扱えないのだ。  それが、過剰生成とはどういうことか。  過剰というからには問題がありそうだが、そんなものを自分に施す狙いが分からない、とニーシャは首を傾げた。 「魔力も過ぎれば毒だ。適度に排出するなり、相殺するなりする必要がある。そもそも、魔力量に見合った器が必要になる。受け止める器が小さかったり脆かったりすれば、当然それは当人の命の危機に繋がる」 「えっ!?」  驚きで飛び起きれば、またぐらりと身体が揺れた。ヴィスタが背後から抱きかかえる形でニーシャの身体を支える。 「ニーシャ、安静に」  けれど、あまりにも想定外の展開だった。  何故、そんな呪いをかけられなければならない。王家に殺されなければならないようなことを、ニーシャは仕出かしただろうか。  もちろん、勇者と魔王の争いの元凶はニーシャだ。けれどその元凶(ニーシャ)を消してしまえば、それこそ二人は怒り狂いこの世を戦火に巻き込み滅ぼさんとするだろう。どう考えても逆効果なのだ。  だが、ディークラディアは事もなげに言った。 「まぁどうにかできることではある。だが、これは謀られたな」 「え?」  ニーシャが害されたというのに、この反応。 「解呪できるってこと? でも謀られたって何」 「解呪はできない。王家の専術文字はなかなかに厄介な代物でな。いや、やりようはあるのだが。王家に連なる者皆殺してその血を集め、特定の手順を踏めば可能だが、解呪の術発動に時間がかかる。地竜のような長命種なら使える手段だが」  残念ながらただのヒトでしかないニーシャでは、寿命が足りないのだろう。そもそも方法が物騒すぎる。 「謀られたというのはな、ただの魔力過剰生成ではなく、光属性と闇属性に限っているところだ」 「?」  よく分からない、とニーシャはまた首を傾げる。  別に特殊属性という訳でもない。程度に差はあれど、扱える者はそれなりにいる。 「ニーシャ、魔力の属性って相殺関係があるだろ」  続けてヴィスタに話かけられて、そう言えばおかしいなとふとニーシャは気付いた。  先ほどからこれだけヴィスタがべたべたニーシャに触れているのに、何故かディークラディアは剣呑な空気を出さない。 「火属性と水属性とか」  いつもならどんぱちやり始めているはずなのに、と思いつつもニーシャは分かりやすい例を挙げた。 「そう、光と相殺関係にあるのは?」 「もちろん、闇属性だけど」  そんなことは幼い子どもでも知っている。 「だよな、さっきコイツはどうにかできるって言ったけど、それはこの相殺関係があるからだ。体内を巡る過剰な魔力は、それと相反する力で打ち消せば中和される」 「そしたら、死なない?」 「もちろん。オレが、オレ達がニーシャを死なせる訳がないだろう?」 「……んん?」  対処法がある。死なないで済むらしい。  それを聞いてホッとしかけたニーシャだったが、何かおかしな表現が混ざった気がして頭上のお綺麗な顔を見上げた。 「あー、ホントやられた。これは想定外だ。でもこうなった以上は仕方がない、のか……? いや、やっぱムカつくけど」 「それはこちらのセリフだ」  今、ヴィスタは“オレ達”と言い直した。オレではなく、オレ達。  この場合、他の誰を指しているかと考えれば、それはこの場にいるもう一人でしかなく。ディークラディアでしかなく。  勇者が魔王を許容した?  何かおかしな、自分にとって宜しくないことが起きている気がする、とそろりとニーシャは魔王の方へ視線を動かした。  こちらも複雑な表情をしているが、仕方がないと一つ溜め息を吐いてみせた。 「そもそもニーシャは心優しいから、俺達が殺し合いをするのは本意でなかったな?」 「それは、だって」  人と深く関わってこなかった。関われない人生だった。  嫌われたし、忌避されたし、近付けば不幸にしてしまう。  でも、二人だけは違って。  いつでもニーシャの不幸を何とか跳ね除けて来てくれたのだ。  延縛(えんばく)の呪いの件や、勝手に刻まれた印については思うところがある。あるが、二人ともニーシャにとって大切な相手であることは確かだし、殺し合いなんて絶対にしてほしくない。それは間違いのない事実。 「ニーシャは、俺にもこの勇者にも生きていてほしい、幸せでいてほしいと思って相違ないか」 「まぁ、それは」 「心からの望みだと?」 「言えば、もうこういう不毛な争いはやめてくれる訳?」  どうせ無理だろうけど、と思っての発言だった。  が。 「やめるとも」 「はあっ!?」  思いも寄らぬ返答がきた。それどころか。 「オレもまぁ、ニーシャの望みだって言うなら、この際ソイツが生きてることを許容しようかと思う。せざるを得ないというか」  ヴィスタまでもおかしなことを言い出した。 「なになに、怖い。この短時間で何がどうなったの!? 自分達が今まで出してきた甚大な被害をお忘れで!? っていうか今日まで何度もやめてって言ったのに、それは聞き流してたじゃん!」 「ニーシャ、話の続き」 「いや、まずはこの流れについて説明を」 「するから」  ニーシャの身体には今、闇属性の魔力が過剰生成されている、とヴィスタは言った。  確かに継続して身体の中を何かが巡る感覚がある。血流とはまた別だと思っていたが、それもそのはず。これは魔力の巡りだったのだ。元々みじんこレベルの魔力しか持っていないニーシャには、自分でそうと判断することができなかっただけで。 「この過剰生成された魔力を打ち消せるのは、光属性の魔力だけ。逆に言うと、闇属性の魔力に触れると更にその力が増幅されるので非常に宜しくない」 「あ……」  そう言われて、合点がいった。  ディークラディアに触れられて、身体が熱いと感じた理由。  あのディークラディアがヴィスタがニーシャにべたべた触れていると言うのに、それを許容している理由。 「今、ヴィスタ何とかしてくれてる?」 「してるよ。と言ってもこうして外から触れてるくらいだと、過剰生成の速度を落とす程度のことしかできないから不十分だけど」  では根本的に解決するにはどうすれば良いのか。  目で訴えると、ヴィスタは安心しろと深い笑みを浮かべた。 「ニーシャの体内に、魔力を注入すればいい」 「はあ」  魔力を注入。 「あんまり聞かないけど、ヒーリングの応用みたいなやつ? そういう魔法があるの?」 「ない訳じゃないけど、それもちょっと効率が悪いな。呪いが強力で生成速度が馬鹿みたいに早い。もっと直接的に濃厚なやつじゃないと」 「直接的……濃厚……」  言われて、一抹の不安を覚える。 「え」  しかもその直後に臀部に異変を感じた。  何か、何か硬いモノが当たっているような。 「え、待って、ヴィスタ」  何故いきなりそんなことに、こんな状況でそんなことに。  ドッと嫌な汗が噴き出す。縋るようにディークラディアの方を見遣れば、彼は眉間にシワを刻みながらも仕方がないとまた呟いた。 「ニーシャの“ハジメテ”を譲らなければならないかと思うと、気が狂いそうだが。こればかりはニーシャの命が優先だからな」 「日頃の行いが物を言ったな」 「なんだと?」 「…………オレの、何?」  するり、ヴィスタの手が上衣の裾から忍び込んできた。びっくりして身体が跳ねるが、そもそも抱き込まれている状況なので大した動きにはなっていなかった。  ハジメテ。  恐ろしい単語が聞こえた気がして、幻聴の可能性であることをニーシャは切実に祈る。  が、現実は容赦なかった。 「王家が痺れを切らしたな。オレにも魔王にも手は出せない。勝てない。どうしようもない。ニーシャ自身に手を出すことも、大きなリスクが伴う。何かするなら、オレ達に旨味がないといけない」 「あ、あの、ヴィスタさん、仰っていることがよく……」 「ニーシャ、今は闇属性の魔力が過剰生成されているが、それが治まれば次は光属性の魔力の過剰生成が始まる」  魔王様が膝をついて、ニーシャに視線を合わせて説明を買って出てくれた。  二つの魔力が過剰生成される呪いだ。次にもう一方の魔力が、というのは分かるが。 「となれば、次は俺がニーシャを助けてやらなければ」  闇属性の魔力が過剰生成される時はヴィスタの助けが必要で。  光属性の魔力が過剰生成される時はディークラディアの助けが必要。  恐らく魔力生成の量はとんでもない量なのだろう。他人に魔力を分け与えるなんて、そもそもの保有量の多い人間でないと、それこそ命に関わる。  ということは、できる相手は限られてくる。そしてニーシャをわざわざ助けようとする誰かなんて、この世には本当に数えるほどしかいなくて。  というか、この二人くらいしかいなくて。 「……先ほどの、直接的かつ濃厚な方法について、もう少し具体的にお聞きしても良いでしょうか」  震える声で、ニーシャは訊ねた。  王家の企み。  一番脇の甘いニーシャが狙われた。  けれど一歩間違えば自分達が滅ぼされる恐れのある行為。  やるからには、二人にとってメリットがなければならない。  つまり。 「わー! やっぱ待って聞きたくな」  先が読めた気がして大声を出したが、それで遮れはしなかった。 「ニーシャの体内に直接魔力を注ぎ込む」 「魔力って体液を媒介にすると受け渡しが楽だから」  青くなるニーシャとは対照的に、魔王と勇者は薄く微笑んだ。 「「呪いの仕組み上、コイツを排除できないのは業腹だが」」  こんな時ばかりハモるなんて、実は仲良しなのではと疑いたくなる。 「仕方がない」 「呪いは発動してしまったし」 「ニーシャはオレらに殺し合いをしてほしくない訳だし」 「こちらも合法的にニーシャを抱ける」 「いや、違法ですけど!?」  契約無効化(クーリングオフ)が適応されるべき案件だ。  だが、ニーシャは悟った。  これは、これは。 「うわぁあああ、もうやだぁあ、属性・生贄が発動してるぅーーーー!」  おまけに言うなら、スキル・不幸も延縛の呪いも発動している。トリプルで発動してしまっている。  つまり、これは逃れようのない運命(さだめ)。  仲良くしような、とヴィスタの大きな手がニーシャの下腹を撫で回した。
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