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牟児津が自分の席に戻ると、ちょうど噂の鯖井 春がそこに陣取っていた。どうやら牟児津の真後ろの席に座る室 皐月に用があるらしい。室の机を挟んで、二人は何やら話し込んでいた。鯖井に席を譲って貰うついでに、牟児津は二人の会話に交ざってみる。
「鯖井さん、室さん。何の話してんの?」
「おっ?牟児津さんもサバゲーに興味ある?」
「サバゲー?」
「そう!サバイバルゲーム!面白いよ!こうやって銃を構えてさ、撃ち合うの!」
「……いやあ、私はあんまり」
「やってみたら考え変わるって!室さんもさ、土曜日行こうよ!」
「私、運動苦手だから」
どうやら鯖井は、室をサバイバルゲームに誘っていたらしい。一緒にゲームをすることより、最終目的は鯖井が会長を務めるサバイバルゲーム同好会に入会させようという魂胆だろう。室は軽音楽部に入部していたはずだが、ほとんど顔を出していない幽霊部員だそうだ。兼部しても問題ないと考えたのだろう。この学園では、常にどこかで弱小部会による勧誘がなされている。どこも生き残るのに必死なのだ。
「そんなことより、さっきなんか副会長さんが来たらしいじゃん。何の話だったの?」
「別になんでもいいでしょ。牟児津さんには分からないことだよ」
「実定に不備あったって。だから戻し」
「ちょっと!」
「へぇ〜。わざわざ来るなんて、ちょうど暇だったんかな?」
「ついでだってよ?」
「なんで言うかなあもう!恥ずかしい!」
「どうせクラス中に知られてるのに。でもラッキーだったじゃん。みんなの憧れ副会長さんとお話できて」
「確かに集会以外で会うの初めてだったけど、別に私はそこまでだし……むしろ会長の方がよくね?なんか、シャッて感じしてるじゃん」
「それは同意」
「ふーん」
牟児津には会長の顔も、シャッて感じも分からなかった。鯖井の言うとおり、全校集会や行事以外で生徒会長や副会長に遭うことはほとんどない。常に何かの仕事を抱えていて、その他大勢の生徒たちとは別の場所にいることが多いからだ。なので牟児津のような、顔もろくに覚えていない生徒も僅かながらいる。また時園に怒られたくないので、牟児津はその部分については口を閉ざしておいた。
そしてチャイムが鳴る。午後の授業が始まり、また退屈な時間が訪れた。牟児津は満腹感が呼び寄せた睡魔と戦い、抗い、逆らい、そして敗れた。ぐうすか眠っていると、いつの間にか授業は終わっていてHRが始まる時間になっていた。
「ふがっ?」
HR開始のチャイムの音が普段よりも大きく、腹の底にまで響いて牟児津は目を覚ました。いつもと違う鐘の音が聞こえるだけで、教室全体に緊張が走る。何か緊急事態でも起きたのか。全員がスピーカーから流れてくる次の言葉を待った。
「こちらは生徒会です。全校生徒の皆さん。大切なお話がありますので、ただちに大講堂に集合してください。繰り返します。ただちに大講堂に集合してください」
「副会長だわ」
隣の席の時園がつぶやいた。スピーカーから聞こえてきた甘ったるい上品な声は、どうやら件の副会長のものらしい。大切な話とは何か。副会長が全校生徒を集めさせるほどの用事とはいったいなんなのか、牟児津には想像もつかない。しかし放送があったからには、生徒たちは動かなければならない。教師には事前に伝えられていたのか、担任の大眉 翼は冷静にクラスを引率した。
「よーし行くぞ。トイレとかのときはちゃんと言えよ」
「デリカシーね〜。モテないぞつばセン」
「やかましい」
緊張で物々しい空気に覆われた教室棟の中を、牟児津は大眉に軽口を叩きつつ移動した。突然の呼び出しにも関わらず生徒たちの列はほとんど乱れず、さほど時間をかけず大講堂に全校生徒が集まった。
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