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「わたくしを守ったおつもりですか?」
二人きりになった学生生活委員室に、田中の冷たい声が響いた。
「どう思われますか?」
「わたくしが質問しているのです。答えなさい」
「……はい。お守りしました。これ以上は、あなたの手に余ると判断しました」
「手に余るとはどういうことですか」
高圧的な田中の物言いに、しかし藤井は笑顔を絶やさない。それどころか、まるで謝罪するように頭を下げて言う。
「牟児津様らお三方だけであれば、強引に捻じ伏せることも可能でした。しかし旗日様と川路様が現れてしまった。彼女らが牟児津様に与したことで、あなたひとりでは対処しきれなくなった。故に、助けに入りました」
「副会長としての権限を以てすれば、委員長2人などどうにでもなります」
「畏れながら、副会長としての権限を使わざるを得なくなった時点で、あなたの敗北と言えるのではないでしょうか」
「なっ……!?」
「あなたは、あくまで学生生活委員長として彼女方と対決していました。しかし最後にあなたは副会長の権限を行使しようとした。それは明確な越権行為です。たとえあなたにその権限があるとしても、勝負の前提を破棄することは敗北も同義と言えます」
「いつ誰が勝負なんてしたのです!よくもそんないい加減なことを!」
藤井が委員長席に近付く。天秤に乗せられた偽物の鍵をつまみ上げた。
「いいえ。これは勝負でした。あなたは何者かがこうしてあなたを糾弾に現れることに備え、勝利のためにあらゆる手を尽くしていた。だからこそ──」
藤井がポケットに手を入れる。抜き出したものを、空いた天秤の皿に載せた。ゆっくりとその両腕が動きだし、机面と平行になった。
「幺に本物の鍵を預けたのです」
天秤の皿には、学園のシンボルが刻まれた真鍮製の鍵がある。田中は天秤が釣り合った事実に驚きはしなかった。藤井がそれを持っていることにも驚きはなかった。全て分かっていたことだからだ。
何も言えない。何かを口にすれば、敗北を認めてしまいそうだ。ただただ唇を噛んで悔しさに耐えていた。その悔しさすらも敗北の証左であるように感じられる。
「手段と目的を混同しないようお気を付けを。あなたの目的は、部会の削減などではないはずだ」
「……当然です。分かっています」
「それなら、部室ひとつに拘泥することもないでしょう。肩の力を抜いて考えれば良いのです。こんな風に」
すっと藤井が手のひらで委員室のドアを示す。それを合図にしたかのように、ドアを叩く音がした。扉の向こうに誰かがいる。
「?」
「どうぞ」
田中に代わって藤井が応えた。ドアが開かれ、おそるおそる中を覗く鹿撃ち帽が現れた。
「あ、あのぅ……実定、まだ間にあ──でええっ!?せ、生徒会長!?」
「遅くまで残ってお作りくださったんですね。ありがとうございます。確かに、受理いたしました」
「ちょっと!それはわたくしの仕事です!」
「ちょうど良いところにいらっしゃいました。こちらをどうぞ」
「へ……?な、なにこれ……?」
「空き部室の鍵です。差し上げますので、どうぞご自由にお使いください」
「……はあ?な、なんで?えっうそ!?マジで!?やったあ!!やったやったわーい!!」
「何をしているんですか!」
活動実績定期報告書を受け取った藤井は、それと交換するように本物の鍵をその生徒に渡してしまった。突然のことに驚いていたが、その生徒は大喜びして帰って行った。藤井は改めて田中に向き直る。
「より良い学園作りのため、そして生徒の自主性を育むためには、彼女らを温かく見守ることも必要です。大丈夫です。この部会に部室を与えるのが相応しいか否か、すぐに分かりますよ」
穏やかに、そして確信を持った顔でそう言われ、田中はまた言葉を失った。何も根拠のないことを自信たっぷりに言って、結果その通りになる。藤井の言動はいつも予想がつかなくて、にもかかわらず正しい。
「そうですね。会長の直感は、今まで間違ったことがありませんもの」
ふつふつと煮え滾る腹を抱え、精いっぱいの皮肉な笑顔で田中は言った。
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