第4話「証明してごらんあそばせ」

6/7
前へ
/21ページ
次へ
 「わたくしを守ったおつもりですか?」  二人きりになった学生生活委員室に、田中の冷たい声が響いた。  「どう思われますか?」  「わたくしが質問しているのです。答えなさい」  「……はい。お守りしました。これ以上は、あなたの手に余ると判断しました」  「手に余るとはどういうことですか」  高圧的な田中の物言いに、しかし藤井は笑顔を絶やさない。それどころか、まるで謝罪するように頭を下げて言う。  「牟児津様らお三方だけであれば、強引に捻じ伏せることも可能でした。しかし旗日様と川路様が現れてしまった。彼女らが牟児津様に(くみ)したことで、あなたひとりでは対処しきれなくなった。故に、助けに入りました」  「副会長としての権限を以てすれば、委員長2人などどうにでもなります」  「畏れながら、副会長としての権限を使わざるを得なくなった時点で、あなたの敗北と言えるのではないでしょうか」  「なっ……!?」  「あなたは、あくまで学生生活委員長として彼女方と対決していました。しかし最後にあなたは副会長の権限を行使しようとした。それは明確な越権行為です。たとえあなたにその権限があるとしても、勝負の前提を破棄することは敗北も同義と言えます」  「いつ誰が勝負なんてしたのです!よくもそんないい加減なことを!」  藤井が委員長席に近付く。天秤に乗せられた偽物の鍵をつまみ上げた。  「いいえ。これは勝負でした。あなたは何者かがこうしてあなたを糾弾に現れることに備え、勝利のためにあらゆる手を尽くしていた。だからこそ──」  藤井がポケットに手を入れる。抜き出したものを、空いた天秤の皿に載せた。ゆっくりとその両腕が動きだし、机面と平行になった。  「(よう)に本物の鍵を預けたのです」  天秤の皿には、学園のシンボルが刻まれた真鍮製の鍵がある。田中は天秤が釣り合った事実に驚きはしなかった。藤井がそれを持っていることにも驚きはなかった。全て分かっていたことだからだ。  何も言えない。何かを口にすれば、敗北を認めてしまいそうだ。ただただ唇を噛んで悔しさに耐えていた。その悔しさすらも敗北の証左であるように感じられる。  「手段と目的を混同しないようお気を付けを。あなたの目的は、部会の削減などではないはずだ」  「……当然です。分かっています」  「それなら、部室ひとつに拘泥(こうでい)することもないでしょう。肩の力を抜いて考えれば良いのです。こんな風に」  すっと藤井が手のひらで委員室のドアを示す。それを合図にしたかのように、ドアを叩く音がした。扉の向こうに誰かがいる。  「?」  「どうぞ」  田中に代わって藤井が応えた。ドアが開かれ、おそるおそる中を覗く鹿撃ち帽が現れた。  「あ、あのぅ……実定、まだ間にあ──でええっ!?せ、生徒会長!?」  「遅くまで残ってお作りくださったんですね。ありがとうございます。確かに、受理いたしました」  「ちょっと!それはわたくしの仕事です!」  「ちょうど良いところにいらっしゃいました。こちらをどうぞ」  「へ……?な、なにこれ……?」  「空き部室の鍵です。差し上げますので、どうぞご自由にお使いください」  「……はあ?な、なんで?えっうそ!?マジで!?やったあ!!やったやったわーい!!」  「何をしているんですか!」  活動実績定期報告書を受け取った藤井は、それと交換するように本物の鍵をその生徒に渡してしまった。突然のことに驚いていたが、その生徒は大喜びして帰って行った。藤井は改めて田中に向き直る。  「より良い学園作りのため、そして生徒の自主性を育むためには、彼女らを温かく見守ることも必要です。大丈夫です。この部会に部室を与えるのが相応しいか否か、すぐに分かりますよ」  穏やかに、そして確信を持った顔でそう言われ、田中はまた言葉を失った。何も根拠のないことを自信たっぷりに言って、結果その通りになる。藤井の言動はいつも予想がつかなくて、にもかかわらず正しい。  「そうですね。会長の直感は、今まで間違ったことがありませんもの」  ふつふつと煮え滾る腹を抱え、精いっぱいの皮肉な笑顔で田中は言った。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加