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「副会長さんってすごいな……。あんなライブみたいな全校集会なんてあるんだね」
「今日の副会長は特別すごかったわね。いっぱいファンサしてくれてたわ」
「なんだ副会長のファンサって」
全校集会から戻った教室は、大盛り上がりのライブ後のような熱気に包まれていた。壇上で涙を流すだけでここまで人々の心を動かす田中のカリスマ性に、牟児津は若干引いていた。強烈な魅力も、ここまで来ると一周回って気持ちが悪い。
改めてHRが始まり、田中が話した部室の鍵の件についての詳細がプリントで配られた。鍵は、円盤の持ち手に学園のシンボルが彫られた真鍮製のものだそうだ。隣の教室からも色めき立った生徒たちの雄たけびが聞こえてくるが、牟児津にとってはどうでもいいことだ。プリントを雑にカバンに押し込むと、ぐしゃりと潰れる感触がした。
そして放課後が訪れる。牟児津はいつものように1年生の教室へ向かい、同じくHRを終えて出てきた幼馴染みの瓜生田と合流する。瓜生田の後から、部室の鍵を狙って目の色を変えた生徒たちが濁流のように教室から飛び出した。
「お待たせ、ムジツさん」
「おおう……すごい迫力。これみんな鍵探してんの?」
「というより、鍵を盗んだ犯人かなあ。いちおう聞くけど、ムジツさんじゃないよね?」
「んなわけないでしょ」
「そっかあ。あはは、そんなわけないか」
「冗談キツイようりゅ!ったくもう!はっはっは!」
「そっかあ。ははははは……いちおう荷物チェックする?」
「……する」
何も言わずとも、二人は互いの考えていることが分かった。牟児津にそんな大それたことができるわけがない。そんなことをしても牟児津には何のメリットもない。そういうときに限って牟児津はあらぬ疑いをかけられるのだ。そんなことを何度も経験していると、絶対に大丈夫だと分かっていることでも改めて確認せずにはいられなくなる。牟児津は瓜生田のクラスに入り、その辺の椅子を借りて瓜生田の机に荷物を置いた。中にあるものを手探りで取り出し、ひとつずつ並べていく。
「筆箱、お弁当箱、水筒、おやつでしょ。あと財布、ケータイ、おやつ、家の鍵、学生カード、バッテリー、おやつ……この辺は貴重品。あとはおやつと教科書とプリントとおやつくらいだよ」
「また底の方にぐしゃぐしゃに詰め込んで。ちゃんと見せないとおばさん困るでしょ。ほら、のばしてあげるから出して」
「もう……はい、教科書とプリント。あとおやつ」
「おやつはもういいよ」
牟児津のカバンから出てくるものは、ごく普通の女子高生のカバンには当然入っているであろうものばかりだった。怪しいものや疑われるようなもの、ましてや真鍮製の鍵など入っているはずが──。
「え、なにこれ」
安心しかけた牟児津の神経に、瓜生田が言葉を突き刺した。ぐしゃぐしゃに潰したプリントを広げた中に、きらりと光る金属がある。その色はどう見ても黄色っぽく、まるで真鍮のような輝きをした、ちょうど鍵ぐらいの大きさの物だった。
「は?は?は?いやまさか……ちょっと、え?なに?」
摘み上げてみると、それはまさに真鍮製の鍵だった。持ち手が円盤で、そこに学園のシンボルが彫られている。シンプルな造りで、持ち手の穴に空き部室の教室番号が書かれたタグが針金で括り付けられている。ちょうど、瓜生田が広げたプリントに載っている件の鍵の写真と全く同じだった。
「お゛お゛ッ!!」
それらが同一だと理解するや否や、牟児津は出したことのない声とともに鍵をポケットにしまった。自分のものにしたいわけではない。これを持っていることが瓜生田以外にバレたら何が起きるかを想像し、身を守るために隠したのだ。案の定、牟児津の叫びに反応して数名が二人を見るが、瓜生田がなんとか取り繕った。牟児津は全身から噴き出した嫌な汗が制服に染み込んでいくのを感じていた。
「な、な、な、な、なんであんのなんであんの!?う、う、う、うそでしょ!?」
「落ち着いてムジツさん。こんなことだろうと思って荷物チェックしたんじゃない」
「こんなことだろうとは思ってないよ!?なんで学生委員室からなくなった鍵がこんなところにあんの!?」
「私に聞かれても……ムジツさんこそ、心当たりはないの?」
「こ、こ、こいつが心当たりのある人間の汗かい」
「う〜ん、これはウソを吐いてるわけじゃなさそうだね」
「どーーーしよ!?どーーーしよ!?」
「パッキャラマドらないでよ。普通に返せばいいんじゃない?」
「いやでも返すったってうりゅあんた、副会長さんは16時半に持って来いって」
「それは部室が欲しい人の話でしょ。ムジツさんは部室なんていらないんだから、返した上で辞退しちゃえば解決じゃない。少なくとも学生委には鍵を受け取らない理由はないんだし」
「あ……そ、そっか……うりゅ頭良い」
「どういたしまして」
周囲に怪しまれないようなるべく声を潜めて牟児津は慌て、瓜生田がそれを冷静に宥める。牟児津が鍵を持っている理由は謎だが、返してしまえば争奪戦に巻き込まれることはなくなる。盗んだ疑いをかけられるかも知れないが、それはまた別の話だ。少なくとも今日一日、朝も昼休みも牟児津にはアリバイがあった。瓜生田とクラスメイトたちがその証人だ。
教室に入る前とは打って変わって、牟児津はドアを開けるのにも慎重になってしまい、却って挙動不審になっていた。鍵は誰にも見られず失くさないよう、ブレザーの内ポケットにしまっておいた。荒ぶる心臓の鼓動で鍵が跳ねるようだった。
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