第2話「君たち二人だけではない」

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第2話「君たち二人だけではない」

 学生生活委員室前の廊下は、大勢の生徒でごった返していた。田中により部室争奪戦が宣言された影響か、ほとんどは部室の獲得を狙う部や同好会の生徒らしく、どことなく殺気立っているような気がする。風紀委員の腕章をつけた生徒が廊下の両側に並び、暴徒化しないようになんとか押さえつけている状態だ。  「えらいことになってる」  「みんな部室が欲しいんだねえ。よくオカ研は手放したよ」  「ああ、あの部屋か」  瓜生田の言葉で、牟児津はようやく渦中の部室が誰のものだったのかを理解した。先日、オカルト研究部は同好会に看板を変えると同時に、必要なくなった部室を引き払ったのだった。部室棟の隅にある日の当たらない部屋だ。あんなところでも、多くの生徒にとっては欲しても得難い部室なのだ。  「やっぱあの部長さんなに考えてっか分かんないや。こうなることまで考えてなかったのか?」  「まあ、オカ研には関係ない話だからね」  群衆の最後部で話し込む二人は、しかしどのように委員室に入って鍵を返したものか考えていた。まず委員室にたどり着くまでが大変だ。もしいま鍵を持っていることがバレたら……、という考えを牟児津は振り払った。考えただけで現実になりそうな気がする。  そんな二人の後ろから、突然やかましい声が飛んできた。金属同士をぶつけるようなカンカン声だ。  「あれ?どうしましたかお二人さん!こんなところで奇遇ですね!」  「げっ」  声の主は、チョコレート色の頭にハンチング帽を乗せ、プレザーの袖を胸の前で結び肩にかけ、ぼろぼろの手帳と回し慣れたペンをそれぞれ手に持った、益子(ますこ) 実耶(みや)だった。新聞部に所属する1年生で、牟児津の番記者として事件があればいつでも付きまとってくる。  「益子さん。どうしたのこんなところで」  「お忘れですか?私は新聞部ですよ!ムジツ先輩の番記者としての仕事もありますが、普通の記者活動もするのです!いやあ、先ほどの田中先輩は素晴らしい扇動(アジテーション)っぷりでしたね!あっという間に学園中が熱狂の渦に飲み込まれてしまいました!しかし妙ですね。この手の催しなら学園祭実行委員が黙ってないはずです。それに田中先輩は部会活動には厳しい方針を持っているはずですが……空室を抱えるよりはマシということでしょうかね。まあその辺もろもろも込みで、学生委を取材しに来たわけですよ!だけど来てみてあらびっくり!あそこに見える赤い髪と背高のっぽは、我が学園が誇る名探偵コンビのムジツ先輩と瓜生田さんじゃありませんか!お二人とも部室になど興味なさそうなのにおられるということは、何やら大変な事件(面白いネタ)の予感がするぞ!と実耶ちゃんアンテナにビビッと来たわけです!はい!」  「なっがいこと喋る」  「じゃあ益子さんも学生委に用なんだ。でもこの人混みだから、どうやって委員室に入ろうか困ってたところなんだ」  「ちなみにどういった御用で?」  「……どうしよっか、ムジツさん」  「教えたら絶対面倒なことになるでしょ……」  「ちなみに報道の自由を振りかざしてゴネれば、強引に委員室に入ることができますよ。それができるのは崇高な報道者精神(ジャーナリズム)を持った生徒に限られますが。私とか!」  「あんたが持ってんのは野次馬根性(ジャーナリズム)だろ」  「でもこの人混みを突破することはできるってよ」  「ううん……」  悩ましいところである。益子に事情を話せばそれは必ず学園新聞の記事にされる。目立つことを嫌う牟児津にとって、できることならそれは避けたい。しかし益子の力を借りれば事態はすぐに解決するだろう。  「益子ちゃんさ」  「はい!」  「ぜっっっっったいに人に言わないでよ?」  「もちろんです!絶対に言いません!」  「……不安だけどもうしょうがない。あのね、実はさっき副会長さんが言ってた部室のことなんだけど」  「例のオカ研の部室ですよね。いや〜、あのときのムジツ先輩の推理は鮮やかでした!」  「そんなんどうでもいいんだよ。部室の鍵が問題で……あの、あるんだよね、ここに」  「ムジツ先輩の心の中にですか?」  「違う!胸ポケット!」  「……えええっ!?なぜ!?」  益子は目が飛び出るほど驚いた。いまや学園中がそれを巡って混乱に陥っている、この騒動の原因となる鍵を、まさか部室に何の興味も持たない牟児津が持っているとは思わなかった。  「ム、ム、ムジツ先輩の胸ポケットに、田中先輩がおっしゃってたあの部室の鍵があるっていうことですか!?新しい部室の鍵と交換できる、学園中の生徒が喉から手が出るほど欲しがってる例の鍵がですかぁ!?」  「うるさい!!なんでそんな説明口調なんだよ!!」  「あっ……ちゃあ」  声を潜めて話していたのに、いつの間にか牟児津も益子も大声になっていた。その会話は廊下の壁に天井に床に響き、委員室に詰めかける大勢の生徒の耳に、その雑踏をすり抜けて届いた。ヒートアップした二人を止めるタイミングを掴めなかった瓜生田は、小さく声を漏らして額を打った。  「ふ、二人とも……そんな大声で話したら……」  「あ」  「うん?ムジツ先輩、また何かやっちゃいました?」  「あんたのせいだぞこの疫病神!!」  「うわーんひどい!」  牟児津は背後から猛烈な殺気を感じた。額を打った瓜生田の後ろ、学生生活委員室に押しかけていた生徒たちの目が牟児津へ一斉に注がれる。らんらんと光るその目はさながら猛獣で、さしずめ牟児津は野に放たれたか弱いウリ坊である。  「ひっ!」  「あいつが鍵を持ってるのか!」  「捕まえろ!ひっ捕らえて鍵を出させるんだ!」  「身包み剥いだれ!!」  「ぎゃああああああああああああッ!!!たすけてえええええええええッ!!!」  「あっ、ムジツさうわわわわっ!ああ〜〜〜!!」  「う、瓜生田さんが群衆に轢かれた……」  身の危険を感じた牟児津が走り出す。それとほぼ同時に、猛獣の群れもその後を追って走り出した。牟児津を追おうとして逃げ遅れた瓜生田が、後ろからきた群衆にもみくちゃにされてその波に消えた。一足先に回避していた益子は、床を揺らしながら移動していく生徒たちの群れをやり過ごし、過ぎ去った後にはその後ろ姿を眺めていた。  「うっ……なんで私がこんな目に……」  「珍しいですね。瓜生田さんがそんな感じになるなんて」  「そ、そんなことよりムジツさんがまたとんでもないことになっちゃったよ……えっと、ちょっと何がどうなってるのか……」  「一旦、うちの部室来ます?すでに部室を持ってるところは今回の騒動には基本無関係ですから、部室棟は比較的落ち着いてますよ」  「う、うん……そうする……」  倒され、踏まれ、ぼろぼろにされてしまった瓜生田は、普段の冷静に状況を俯瞰した思考ができなくなっていた。益子に引き起こされ、体についた埃を払いながら、一休みするため新聞部の部室に向かった。逃げて行った牟児津を追いかけることなど早々に諦め、なんとか牟児津を助ける方法を考えることにした。
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