安全な場所

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 風当たりが弱まったことで、アスランはおれをそれまで以上に頻繁に呼び出すようになった。  体がもたねえよ、と思いながらしぶしぶ出向いていくと、ただ単に菓子を食べてくつろぐのに付き合わされることも増えた。    ある日、建設途中の礼拝堂の視察に連れて行かれた。  なんだよ、おれは身の回りの世話をする小姓じゃないぞ――と文句を言うと、職人たちに菓子をふるまえと言う。  くり返しになるけど、この国では甘味がとても重要だ。軍隊にも、給金と一緒に高級な砂糖で作った飴を一緒に与えるくらいだ。職人たちを労え、ということらしい。  そういうわけでおれは腕をふるって、ロクムという菓子を作った。こっちに来てから、先輩が作るのを見て一度試してみたいと思っていたものだ。  デンプンを練り上げて作る、あっちの世界でいう、求肥みたいな食感の菓子で、果汁を使って色とりどりにできるのが楽しい。  おれは後宮の職人に頼んで木型を作ってもらい、薔薇の形の、薔薇水を使ったロクムを作った。  これが、大いにウケた。 「こりゃいける」 「ああ、こんなの、今まで喰ったことがない」 「兄ちゃん、やるな」  酒が飲めないから、いかつい体つきの職人さんたちも、薔薇水のお菓子なんて乙女チックなものを、本当に喜んでくれる。濃いコーヒーと一緒にぽいぽい口に入れて、大きな銀製のロクム入れは、あっという間に空になってしまった。    始めはその勢いに圧倒されてばかりだったけど、だんだん、喜びがじわじわわいてくる。  わざわざ言うことじゃないから黙ってたけど、木型で形が作れるよう、それでいて固すぎないよう、練る時間や水分量を調整するのは結構大変だった。  それをこうしてうまいうまいと目の前で喰ってもらえるとーー感無量だ。 「良かったな。大勢に食べてもらえて」  アスランがそっと耳打ちしてきて、おれは思い出した。この前アスランに呼ばれたとき「味見がおまえばっかでつまんねーよ」と言ってしまったことを。  あんなの、しょっちゅう好きに呼びつけられることへのあてこすりみたいなもんだったのに。  あんななんでもない話を、覚えてたっていうのか?  ――んん?  発情期でもないのに、なんだか耳がかっと熱くなる。  おれが狼狽えてることには気づかない様子で、アスランは職人さんたちに向き直った。 「さて、食べたからにはもうひと踏ん張りしてもらおう。各国の客人たちがやってくる、砂糖祭りに間に合うようにな」  職人さんたちはおう、と口々に返事して、散らばっていく。 「砂糖祭りに間に合うように?」  おれは礼拝堂の高い丸天井を見上げた。これからここにタイルを貼って、ステンドグラスを入れて、金銀の内装を施して、外装もまだ残ってて――って、果たして、間に合う、か?  ジャンルは違えど、おれも職人だ。あんまり無茶なクライアントには、文句のひとつも言いたくなる。 「急かすなよ。それか、豪華な内装を少し減らすとか。礼拝堂はもういくつもあるんだし」 「それはできない」  アスランの言葉は、とりつく島もない。 「なんだよ、そんなにぎらぎらにしてーの?」 「そうだ」  は。そういうの、日本じゃ成金趣味って言うんだぜ、と言いそうになって、おれは黙った。こっちの世界でもそれで通じるかどうかわからなかったからだ。    だいたい、この国の王宮も、他の礼拝堂も、豪華すぎる。扉一つ取っても、分厚い一枚板を使って、すべて複雑な植物模様の彫刻が施されている。そりゃそんなこといちいちやってたら工期は縮まらない。  おれが不満げなのを察したのか、アスランはぽん、と頭を軽く叩いた。 「他国を威圧するのに、建築や芸術で技術力を見せつけるのは、戦と同じくらい効果があって、戦よりははるかに金がかからない」 「……すげー金と力があるってことをあらかじめ見せつけて、闘う気をなくさせるってこと?」  おれが考え考え告げると、アスランはよくできました、とでも言うように、おれの髪に軽く口づけた。 「なにより、人が死なない」  アスランはそう言うと「内装の担当者と打ち合わせをしてくる」と言って、おれの元を去って行った。  こっちの世界に来るまで、おれは王様なんてただふんぞり返っていればいいんだとばかり思っていた。  何代目かなんて、それこそただの親ガチャ大勝利で、なんの苦労もしていないんだろうと。 『なにより、人が死なない』  なんでもないことのようにさらっと言って去って行ったけど、アスランは、目の前で母親に死なれてる。  息子の身代わりになって死ぬような人なんだから、きっと普段から仲が良かったんだろう。  そういう、大事な人を失ったアスランだからこそ、人の命を危険にさらしたくないのかもしれない。着飾ることも、街中を荘厳な建築で埋め尽くすのも、ただの贅沢じゃなくて―― 「毎日のようにまぐわってても、まだ見とれますか」  そう言ってきたのは、身の回りの世話をする小姓だった。  アスランが全員に褒美を与えて黙らせて以来、嫌がらせはされていないけど、内心面白くないままなのは察する。察するけど。 「ま……!」  言葉を失うおれに、ふん、と鼻を鳴らす。  アスランは生まれたときから王族で、生活の何から何までを知られていることに免疫があるのかもしれないけど、おれは慣れない。 それも、SEXをいつしているかまで、なんて。 「お、おれは早く後宮を出て、自分の店をもちたいから言うこと聞いてるだけだから……!」  思わず叫ぶ。小姓は「はいはい」とでも言いたげな様子でおれの叫びを無視して去って行く。 「おい……!」  ムカつくやら恥ずかしいやらで、ぎいっと歯ぎしりして、後を追う。  誰かの視線を感じたような気がしたけど、憤りの前にそんなのはすぐ忘れてしまった。
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