鉄枷ジャックと黒妖犬

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鉄枷ジャックと黒妖犬

 野原のまん中のいっぽん道。舗装もされず土のままで、深いわだちが付いている。  見上げれば満天の星空。まるで降ってくるように、たくさんの星が輝いている。  建物や街灯の明かりはどこにもない。だからこんなに星が見えるんだ。  黒々とわだかまっているのは……森?  森の中の高台には、月に照らされシルエットになったお城。  わたしが買ったばかりのお城が見える。 「さっそくお渡しってことなのかな?」  急な出来ごとにぼんやりそんなことを考えていると、がしゃりと重い金属音がひびいた。  何重にも巻いた鎖をゆらすような。  おっかなびっくり音の方をふり向くと、星の光をさえぎる形で、人影のようなものが見えた。  身体に巻き付けた鎖をゆらし、音を出しているのはこの人らしい。  ……でも、なんかサイズがおかしくない?  まわりにくらべる物がないからピンとこないけど、これちょっと大きすぎる!? 「あわわ……」  あわてて立ちあがり、城に向かって走り出す。でも、靴もなしでは足のうらが痛いしスピードも出ない。  鎖を鳴らす巨人はゆっくり歩いているだけだけど、歩幅がまるで違う。  逃げ切るどころか、だんだん音が近づいてきてる気がする!  涙目で走り続けていると、背後から聞える音の種類がふえた。  ハァハァと、獣の息づかいのようなもの。かなり近い。  足を止めず肩ごしに見ると、真っ赤な目を光らせる黒い犬のようなものがすぐそこまで迫っている! 「あー! あー!!」  マジ泣きで走り続け、幸いにも開いたままだった城門をくぐり抜ける。  館の扉にたどりつく前に、息をあらげた獣に背後から押し倒された。 「やーめーてー!!」  背中にもふもふとした感触。力の差は歴然で、もやしっ子のわたしには跳ね除けることができない。  あっという間に首筋に息がかかり、牙が――突き立てられることはなく、ぺろぺろとなめ回される。 「ふぁッ?!」  予想外の攻撃に珍妙な声がもれる。くすぐったさから逃れようとするうち、あお向けになりマウントを取られる形になった。 「……あれ?」  黒い犬かと見えたのは、黒い毛皮を着た黒髪の女の子。わたしより年下だろうか。赤く光る目を嬉しそうに細めると、わたしの顔をなめ回しはじめた。 「お帰りーご領主! あぶなかったね!」 「やめ……わぷッ……やーめーてー!!」 「わふ!!」  犬っ子は素直になめ回すのをやめ、わたしのそばに足をそろえてちょこんと座る。  あー……パジャマは泥だらけだし、顔がよだれでべとべとだ。  困り顔のわたしを横目に、嬉しそうな表情のまましっぽを振っている。んん? ……しっぽ? 「いくらご領主でも、ひとりで夜歩きはあぶないよ? 鉄枷(てつかせ)ジャックに捕まったら、頭から食べられちゃうんだから!」  食べられちゃうの!? さっきの巨人のことなのか。城門の外をこわごわのぞくも、もう巨大な人影はどこにも見えなかった。  とりあえず、汚れを落としたい。はだしで走るなんて慣れないことをしたせいで、足の裏もすりむいている。  正面の重そうな扉は鍵がかかって開かない。わたしの城なのに!  ……っていうか、ほんとに貰っちゃって良いんだろうか? 鍵とかは不動産屋さんがくれるんだろうか?  スマホの表示は圏外で、『おめでとう』のページのまま。犬っ子は何かを期待するような顔でわたしを見つめ、しっぽを振り続けている。 「それ、ほんもの?」 「わふ?」  ぱたぱたと振られるしっぽ。……いまさらだね。 「……あなた、名前は?」 「モーザ・ドゥーグ!」 「わたしはメグライアン。メグでいいよ」  痛む足でひょこひょこと歩きながら、勝手口でもないかと館の周囲を歩きはじめる。  どこにも灯りがもれる窓はないし、城壁の内側にもうっそうと木が生い茂りちょっと怖い。  後をついて来るモーザに手招きし、手をつないで並んで歩いてもらう。  つないだ小さな手の暖かさに心強さを感じた瞬間、ふいに闇の中若い女の人の泣き叫ぶ声がひびいた。
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