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酸素マスクをつけなくても呼吸できているものの、何かの拍子で呼吸が停止してしまうかもしれない。
食事もとれないため、高カロリーの点滴を首の太い静脈から入れて生命を維持していた。
排泄もままならず、管を通して管理されている。
指には酸素濃度を測る機械が取り付けられ、胸には心電図のモニターをとるためにパッチが貼られていた。
機械に繋がれ、眠るように生きている美幸。
――果たしてそれは生きていると言えるのだろうか。
黒い獣は待っていた。深幸が渇望するその時を。
ソレが深幸を見つけたのは美幸が倒れて一ヶ月経った頃だ。
原因不明の中、治療法を探し様々な検査が行われていた。
美幸の両親を励ましながら、病院に通う日々。
それも二ヶ月、半年、一年と続くにつれて苦行になった。
最初のうちは希望を持っていた深幸も、今は出口のない迷路に迷い込んだ如く、終わりのない闇を前に心が折れそうだ。
深い闇に打ちのめされ、絶望の淵に立たされるその瞬間を黒い獣は待っていた。
結婚式の予定日から一年が経った日――消灯前の病室で、人間以外の気配を感じた深幸は黒い獣を見た。
犬のような姿だが、禍々しく闇を纏っている。
ただならぬ気配を感じ、ナースコールに手を伸ばす。
しかし、ボタンが押されることはなかった。
深幸の体は時が止められたように、自分の意志で動かすことができない。
声も出せず、喉からはひゅっと息が漏れるだけだ。
闇の中で黒い獣がにやりと口元を歪める。
深幸は闇が獣から人のような形になるのをただ見ているしかできなかった。
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