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黒い長髪に長い獣の耳、血の色の瞳。
獣人を思わせるような姿だった。
「ファウスト様……ああ、深幸様」
深幸の名前を呼んだソレは、人に準ずる姿だが、長い獣の耳が異形であることを示している。
血色を思わせる深い赤の瞳は大きく見開かれ、彼の姿を映す。
「深幸様」
再び名前が呼ばれた。
ソレの唇は弧を描き、笑みを作っている。
温かさのない、冷たい、嘲笑うような笑みは、深幸の胸の中をかき混ぜた。
「さあ、深幸様。私の名前を呼んでください」
唇から紡がれる声はぐちゃぐちゃにかき混ぜられた深幸の心を引き裂いていく。
ソレの渇望は名前を呼ばれることだけでは満たされない。
名前を呼んだら最後、取り込まれるように奪われるのがわかってしまう。
それでも、深幸の唇は動き始める。
「メフィ……メフィスト、メフィストフェレス」
掠れた声で名前を呼ばれ、メフィストフェレスは唇を釣り上げた。
光を愛せざるもの――その名に相応しく、闇を纏い希望を奪っていく悪魔。
「ああ、深幸様。あなたの願い、この私が叶えて差し上げましょう」
くつくつと笑いながらメフィストフェレスが両手を広げた。
その目元は全く笑っていない。
唇には貼り付けたような笑みを浮かべ、じぃっと深幸を見つめる。
心の中まで覗かれるような、ねっとりとした視線。
悪魔に望みを口にしたら、対価として何を奪われるかわからない。
美幸を助けることを望んで、彼女の魂を奪われてしまったら――そんな考えが深幸の心を支配する。
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