822人が本棚に入れています
本棚に追加
もう一つの記念日
もうタクシー来てるよ。
そう言ってバタバタと家の鍵を閉める手元で、鍵に付けた古いキーリングが揺れる。
十年の時を経てアクリルの角が削れて少し丸くはなったものの、中に閉じ込められているカエデの葉の瑞々しさに変わりはない。
カエデの花言葉が『大切な思い出』だということは後から知った。
幾らか感慨深い思いに耽りながら、楓は家の前に停められたタクシーに乗り込む。
隣に座った廉が、運転手に「駅まで」と行き先を告げた。
「新幹線の時間、大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫だろ」
「だから昨日、早く寝ようって言ったのに……」
言いかけて、ぐっと口を噤む。
廉がそれを横目で見ながら笑った。すっかり大人の男になったパートナーの微笑みは、くらっとくる程色っぽい。
「俺が悪かったよ。ごめん」
一応場所をわきまえ、「何が」という点はぼかしてくれたことにほっとしつつ、楓は話を変えた。
「……スピーチの内容はもう考えてあるのかよ。
メモとか何も無いみたいだけど」
「大丈夫」
頭の中にあるから、と言って、廉は眠そうに欠伸をする。
最初のコメントを投稿しよう!