もう一つの記念日

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「新幹線の中で寝るといいよ」 「そうする。なんか最近、締切明けキツく感じるんだよな」 「だったらちゃんと寝てくれ」 「努力する」  でも締切明けは楓欲しくなるんだよな、と呟く懲りない恋人の脚を、楓は爪先で軽く蹴った。    今日こうして二人で駅へと向かうことになったのは、かつて高校時代を共に過ごした街の市制二十周年記念事業セレモニーに廉が来賓として招待された為だった。  今や廉はすっかり若手売れっ子小説家の一人だ。その本人が以前に参加したイベントということもあり、今回のタイムカプセルの掘り起こしに「是非、この地域を代表する若者の一人としてご参加頂きたい」というのが市からの依頼だった。  高校時代、新人賞を受賞した小説は書籍化され、更には映画化までされた。当時はまだ学生という話題性もあり、廉はちょっとした有名人だった。  そして社会人となった後も廉は会社員との二足の草鞋を履きながらコンスタントに作品を発表し続け、ついに二年前からは専業作家となることを決めた。  それまで進学も就職も執筆と両立してきたが、文章の仕事が増える中で徐々に負荷は増していき、ドラマや映画の原作小説の仕事が重なり始めたのが決断のきっかけだった。  一方楓は大学卒業後は出版社に就職し、以降は雑誌の編集者として働いている。その道に進んだきっかけとしては、やはり文芸部での活動が大きいことは間違いない。  
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