受取拒否

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   つい五分程前——楓は渡り廊下で一人の男子生徒の後ろを歩いていた。 (でっか)  口の中でぼそりと呟く。  身長159センチの楓が見上げていると首が痛くなりそうな長躯は、おそらく180センチはゆうに超えているだろう。上履きの色を見るに、どうやら学年は自分と同じようだ。  学ランに包まれた背中は迫力を感じる程の広さで、華奢な体がコンプレックスの楓にとってはなんとも羨ましい。  高い位置にある頭につい見とれながら足を動かしていると、彼が小脇に抱えていた荷物から、一本のペンが床に落ちた。  カツーンと廊下に響く音に、壁のような背中が向きを変え、それまで見えていなかった顔がこちらを向く。  楓は思わず目を瞠った。  長身の彼が恵まれていたのは体格だけでなかった。  短髪が似合う、整った顔の骨格。眉との距離が近い目は二重幅の狭さが一層凛々しさを際立たせているし、鷲鼻気味の高い鼻筋も骨っぽい印象がなんとも男性的だ。  羨望の感情がむくむくと湧く。それは美形ということに対してではなく、彼の男らしい精悍さの方に対して、だ。しばしば女子に間違われるような、自身の所謂『可愛い顔』は、これまた楓のコンプレックスのうちの一つだった。 「あ、……えっと、ペン、落ちたよ」  言葉をつかえさせながらも、反射的に拾い上げたペンを差し出す。  彼は細めた目で楓の顔と手に交互に視線を走らせると、ぐっと唇を引き結んだ。整った顔がどこか冷たく、けれど視線には熱さを感じて、無意識に息が詰まる。  けれども次の瞬間、息が詰まるどころか息を数秒間止められてしまうような衝撃的な言葉が降ってきた。 「いらない。手、こっちに向けないでくれるか」 「……は?」  今、なんと——?  吐き捨てるような台詞の後、踵を返して去って行く長身を、楓はただぽかんと固まったまま見送った。 「……。……っ。〜〜〜っ」  後ろ姿が完全に視界から消えたと同時、腹の底から沁みるように熱い何かが膨れ上がってくる。  自分は、何か悪いことでもしたのだろうか。 「いや、そんなことないだろ……」  そして楓はこの2ーA教室へと走るように戻って来た。やり場の無い怒りに追い立てられるようにして。
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