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「……お義父様」
「なんだ、霞」
「お願いです。どうか――」
――私と千晶さんの婚約を、解消していただけませんでしょうか?
それは、遊馬グループで社長秘書をしている東条 霞の一世一代のお願いだった。
◇
大きなテーブルを囲まれるように設置された椅子。その一つに腰掛けながら、霞は俯きがちに義父に自身の気持ちを伝えた。
すると、義父は優しく「どうしてだい?」と問いかけてくる。
(どうして? そんなもの、お義父様だってわかっていらっしゃるでしょう?)
そう思ったが、そんなこと口に出せるわけがない。そう思いつつ、霞はそっと視線を逸らす。
「……私が、千晶さんに嫌われているからです」
そして、そう告げた。
霞がこの遊馬家にやってきたのは、十二歳。中学一年生のときだった。
六歳の頃に両親を交通事故で亡くした霞は、以降児童養護施設で育ってきた。きっと、十八歳を迎えここを出て行くまで自分はずっとここで同じような境遇の子たちと過ごすのだろう。霞はぼんやりとそう思っていた。が――。
「キミを、引き取りたい」
一人の男性がやってきて、そう言ったのだ。
それこそ、遊馬グループの当代の社長である義父だった。
霞は驚いた。自分のような貧相で愛想の欠片もないような少女をどうして引き取りたいなどというのか。しかも、彼には子供がいないわけではなかった。彼には、一人息子がいたのだ。だからこそ余計に、霞は意味が分からなかった。
だが、その疑問が解消されたのは割とすぐ後のことだった。
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