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「私には息子がいる。名前は千晶。キミよりも四つ年下だ」
「……はぁ」
「そんな息子はね、勉強が嫌いなんだ。しかも、割とやんちゃでね。私も扱いに困っている……というか、手を焼いているんだよ」
少し困ったように笑う彼だが、心の底から息子が愛おしいと言いたげだった。
そんな彼の目にくぎ付けになっていれば、彼は「……だが、あれでは跡取りは務まらんのだ」と真剣な表情で言うと、俯く。
「あれでは親族にいろいろと言われるのがおちだ。……だからな、私はあいつに優秀な婚約者をあてがいたい」
「……そうなの、ですか」
「そこで、キミに千晶の婚約者として私の家にやってこないかという相談なんだ」
彼の話はふざけている。そう言いたかった。でも、言えなかった。
彼の目はとても真剣であり、本当に霞を引き取りたいと言いたげだったからだ。
霞にはたった一つだけ、取り柄がある。それは、類まれなる頭脳。全国模試を受ければ二桁順位は当たり前に取れるし、むしろ課目によっては一桁順位だったりもする。……多分、彼は霞のそういうところに惹かれたのだ。
「生憎と言っていいのか、私は妻に先立たれていてね。今後、妻を迎える予定もない。だから、跡取りは必然的に千晶になる」
少し寂しそうにそう言う彼を見ていると……霞の胸がぎゅっと締め付けられたような気がした。
そっと彼から視線を逸らしていれば、彼は「もちろん、生活に苦労はさせない。それに、大学までの学費の面倒はこちらが持つ」と続ける。
「どうか、キミさえよかったら千晶のことを頼めないか?」
……家族になるのに、彼にとって自分は『娘』となるわけではない。『息子の婚約者』という位置づけになるのだろう。
でも、それでも構わなかった。元々冷めた性格をしていることは自覚していた。それに、大学進学までの面倒を見てくれるのならば、それ以上にいいことはないじゃないか。
「承知いたしました。千晶さんさえ、よろしければ」
にっこりと笑って霞はそう言った。
中学一年生。このとき、霞は将来を約束された。
いずれは遊馬の夫人としての生活が待っている。それを理解したからこそ、霞は努力した。千晶を支えられるように。自分を引き取ってくれた義父の期待に応えるように。
けれど――さすがにもう、限界だったのだろう。
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