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「……霞、頭を上げなさい」
それからしばらくして、義父のそんな声が聞こえてきた。
だからこそ、霞はゆっくりと頭を上げる。
すると、そこには困ったような笑みを浮かべる義父がいた。
「キミがそんなにも思い詰めていたなんて、気が付けなかった。……すまなかった」
「……いえ、そんな」
それは違う。
霞は義父の前では悩みなどないような完璧な秘書を演じていたのだ。余計な心配を彼にかけないように。彼が与えてくれた恩に、報いるために。
「だが、これに関しては私の一存では決められない」
「……どういう、ことですか?」
「霞。千晶にこの話をするのは、キミからだ」
義父が真剣な面持ちでそう言ってくる。
それに驚いて目を見開けば、彼は「千晶が納得すれば、婚約の解消は認めよう」とゆっくりと告げてくる。
「ですが」
「それが、私の出す唯一の条件だ」
義父は人が良いものの、割と頑固なところがある。そのため、ここに関しては譲るつもりがないのだと霞は理解した。
(……けれど、千晶さんが捕まらないのよね……)
ここ数週間、千晶は屋敷によりついていない。
義父は「どうせ幼馴染のところに行っているさ」と言ってのんびりとしているが、霞は心配だった。
今はこんな関係とは言え、昔は弟のように彼のことを可愛がっていたのだから。
(……いいえ、ダメよ。私はきちんと千晶さんを自由にする義務がある。……ならば、これくらいのことやってのけないとダメだわ)
しかし、そう思いなおし霞は頷く。
そうすれば、義父は「そういうことだよ」と言って頷き立ち上がった。……どうやら、仕事に戻るらしい。
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