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「さて、そうと決まったら明日のお仕事の準備は早めに済ませておかなくちゃね」
霞はそう呟いて立ち上がり、部屋を出て行く。
そのまま慣れ親しんだ屋敷を歩いていれば、いつも世話になっている使用人たちとすれ違う。彼らは霞が遊馬の人間ではないことを知りつつも、嫌味一つ言わずに世話をしてくれたとてもできた人たちだ。
彼らにも恩をあだで返す形になってしまうが、どうか許してほしいと思う。
(千晶さん。私は貴方を自由にします。だから、どうか――)
――私のことも、自由にしてください。
千晶のためにずっと恋愛からも遠のいてきた。告白されても断ってきた。それほどまでに、霞には千晶に尽くす決意があった。
しかし、嫌われている以上それを貫くのは無理だった。霞にだって人の心はあるのだ。……傷つかないわけがない。
「美也子。あとは一人で大丈夫よ。……おやすみなさい」
「……はい、おやすみなさいませ、霞様」
自室の前で美也子と別れ、霞は自室に入る。そのまま明日の準備に移った。
(明日は、社内会議があるのよね)
遊馬グループのお偉いさんたちが集まった会議が明日はある。……義父は千晶にも参加してほしいそうだが、彼はそれをのらりくらりと躱しているそうだ。
彼曰く、あんな堅苦しいところは自分には似合わないということだった。
(千晶さん)
目を瞑れば、なついてくれていた頃の千晶の態度が思い浮かぶ。
中学に入るまでの彼は、とても可愛らしかった。……中学で何があったのかはわからないが、きっと変わるきっかけがあったのだ。
(貴方を支えられない、愚かな私をどうか許して)
心の中でそう呟いて、霞は明日の準備を続けるのだった。
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