春を告げる想い

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20社受けては書類選考でほとんど落ち、1.2社は通るが 『最悪です!実際入ってみたら求人情報とまったく労働内容が違いました!』 『地獄。私みたいな人が増えないでほしい 絶対に入らないでください』 通ったものに限って調べれば調べるほどブラックなのである。 「あぁー……、これでまたブラック入ったらすぐやめてそれの繰り返しだよ……」 そんなことしてたら一瞬で履歴書の経歴がやばいことになる。 だから慎重になってしまうのだが、それと同時にはやくこのニート期間から抜け出せるのなら飛びつきたいという気持ちもあるのだ。 「海音ー……あんたさ……ゴミ玄関に置きっぱなしだったから……せめてそれくらいお願いね」 「はーい……」 この、ちょっとゴミ捨てをしそこねただけで 5年引きこもって家事も仕事もしない子供みたいな扱いを受けてしまうのである 空気的にはそんな感じだ。 しかし、職がないせいで言い返すこともできない これは働いていたら明後日ゴミ捨てといてー。 で、終わりのやりとりである。 わたしは頭を抱える でも、実家に頼れるだけまだ幸せな方だよね 辞めたら明日からの生活すらどうすればいいのか ていう人がいる中で、メンタルにダメージくらうだけで、わたしは衣食住が保証されてるのだし。 カバンから履歴書を出す。ほかの会社のパンフレットがひしめき合う中で潰れている。 「……ハシが折れてる履歴書ってやる気なさすぎかな……」 なんかもう……嫌だ。 生理痛もきてて、わたしは憂鬱になり寝転がる。 それは嘆くような不幸ではなくて でもたしかに生き辛い中で。 わたしは、あのときのことを思い出していた。 『大丈夫ですか?!』 どうしよう、立てない 学校いけない。休めばおさまるかな いや、でも とりあえず寝かせてほしい…… 誰?誰かがわたしを支えてくれてる 切ないほどに温もりがある。 『…………』 ダイエットとかで食事をぬきまくってたのもいけなかった。 そのまま視界が途絶える 起きたら病院で…… 自業自得でこんなに具合悪くなるなんて。 倒れてる間に物とか盗まれてたらどうしよう 「はー……」 てか今日どうしても行きたかったのに 中間テストだったのに 点滴がつながれているままだったので とりあえず看護師さんに外してくれるよう頼む 家へも連絡がいった。拒んだけどどうしても、誰かに、て話で。 「あれ……この上着……誰のだろう」 「あ、それはねー救急車呼んだ人があなたにかけてくれてたわよーあとその人が荷物も渡してくれたから、返すわねーお大事に」 看護師が、さらっとそう言う。 「え、え?そうだったんですか……」  おかげで荷物は無事だ。財布も中身がちゃんとあった。 そういえば、わたしに最後まで呼びかけてくれてた人がいた。 思い返せば本当にきれいな人で 「……あ、名刺入ってる」 運のいいことに上着の内ポケットに名刺が入っていた。 『ハルカゼ』というカフェ?らしき住所が書いてあり、竹口綾人という名が。その人が人からもらった名刺の可能性もあるし、本人とは限らないが これなら、上着を返して、お礼が言える可能性が高い。 マップを開いてみると結構家から近かった。 「こんなとこに喫茶店あったんだぁ……」 廊下を歩き、受付にたどり着くと 母が救急車と点滴の支払いを済ませていた。 「あなたなにやってるのよー大丈夫なの?」 「うん、大丈夫……ただの貧血」 「ご飯抜くからそうなるのよ! もう……その上着は?」 「貸してくれた人がいるの……お礼したくて、お母さん、付き合って」 親と一緒にデパートへ行き、いい感じの菓子折りを選んだ。 それを持って、わたしはその店の戸を開く。 黄色い壁、緑の扉。 レースのカーテンがおしゃれで、席数は少なくて一つ一つが離れている感じ 明るい気持ちになれるというか、お礼でなくとも普通に通いたいくらいだ。 本当に、ハルカゼっぽい、店名に合う春の色。 いいな、この喫茶店に流れる時間 そのものが。 「いらっしゃいませー」 「!」 店内に見惚れていると、声がかかった。 上着を持ったまま、顔をあげる この声だ。 早速会えると思わなくて硬直してしまった。 わたしがいつまでも席に座らないので普通の客じゃないとおもったのか その人はきょとんとした顔でわたしを覗き込みー …… 「あの、お礼を……」 「あ!もしかして駅で……あなた大丈夫だった?! びっくりしたのよー」 「は、はい、あのただの生理痛で……ご迷惑おかけしました」 「あら……!大変……重い人はほんとに重いらしいから……お大事にね あれ、上着返しにきてくれたの?もうあげるつもりだったのに ……なんでここがわかったのかしら」 「あ、あの名刺入ってて」 「えっ、なんかごめんなさいね お礼を強制するような……わざとじゃないのよ」 その人は菓子折りを受け取ってくれ ニコニコと笑い、このお菓子にあう紅茶あげると 無料で提供してくれた う、うーんお礼の意味がない 永遠にお礼のお礼が終わらなくなってしまう 日本人ってこういうとこあるよね。 「あの、綾人……さんは 女性……の方ですよね?」 わたしの人生の中で正直そういう人と巡りあう機会がなく、体格がどうみても男性なのに 手は細く、爪の形が綺麗でちょっと透明のベースコートだけ塗ってあるような状態で 喋り方や仕草が女性そのものだったので頭が混乱して、直球に聞いてしまった。 すると綾人さんは、お菓子をつまみ食べ終わったあとに口を開く。 「私ねぇ、オネエなのよね、一応男よ」 「えっ、あ、あのっすみません失礼なことを」 「いーの!気にしないで 意外とそういうとこつっこまれるの気にしないのよ私、引かれるのはつらいけど……」 「ひ、引かないです むしろ良いと思います。わたし、男の人ってなんか怖くて苦手なんですけど、あなたはそうじゃないから……」 「本当?うれしいわ ねぇ、私たちいい友達になれそうじゃない? あ、急にこんなこというとナンパぽいわね…… 安心して、私女性に下心はないから……」 「友達……!ハイ……!なりたいです!」 「わぁい、嬉しい!」 揺らぐピアス。 こんな素敵な人ともっと居たい それに、下心ない優しさってすごくない? 本気で想われてるって感じするというか……。 そうしてわたしは綾人さんの喫茶店に通うようになった。 わたしの、大切な思い出。 「ふふ、勝手だよね 下心ない優しさが好きになったのに、今更になって下心もってほしいなんて」 なんだか、とても 会いたくなってしまった。 生理痛の薬を飲み、階段をそっと降りて、コートを羽織って玄関から出る。 遊びに行くわけじゃないから、一瞬の自分へのごほうびだから。 「綾人さん……」 昔より、だいぶ縮まった距離。 でもこれ以上縮めることは、難しくて 階段をあがり、裏口から入ると、店内は当たり前だが暗く カウンター席、なにやら雑誌を広げ、ペンをもったま寝る綾人さんの姿が。 「勉強中だったのかな……あ、ラテアートの雑誌だ」 すごいなあ、一人でなんでもこなしちゃうんだもん 向上心を忘れないというか……。 力になってあげたい。 そのためにはわたしもとっとと就職しないと……。 「お菓子、置いてきますね」 はじめて会ったときに渡したロールケーキ、覚えてるかなあ。 覚えてたらいいな。 わたしは綾人さんに毛布をかけて ペンを落とさないように抜き取り、机に置いた。 それで帰ればよかったんだけど、わたしはつい もう少し、もう少し、と 綾人さんの頬に触れる。 付き合ってないのにこんなことしたら…… いやでも自分の中にとどめておけば と わたしはその頬に唇を近づけー…… どっ、どっ、どっ 心臓の音。 触れそうなタイミングでくすぐったそうな笑い声が聞こえた。 「ふっふふ……続けていいわよ海音ちゃん」   「起きてたなら言ってくださいよぉ!」 「なんで起きちゃったのかしら私…… もう少しくすぐりに耐性があれば……」 「よかったです……起きてくれて……」 嫌われたらどうしようと思ったけど このくらいのスキンシップならいいんだろうか わたしがそう思っていると 綾人さんはわたしの手を握ってきた。 「……海音ちゃん。もう少し、待っててね」   「え?」 「……ううん、なんでもない どう?就活の様子」 「この前最終までいって圧迫面接で泣いて帰りました」 「あらあら……まあ、急いでも仕方ないわよ 一旦バイトとかでもいいんじゃないかしら?」 「そうですね、ニートで就活よりは まだフリーターやりつつの方がメンタル保てる気がします」 人間働くのもつらいけど 働かないのもつらいのである なんかしら周囲と関わってないと生きられない弱い生き物だ。 その日からわたしは、バイトをし、夜は資格の勉強をした。 「えっと……この金額購入して仕入先から3,000円の割戻を受けたら……」 わたしたちは、互いのスマホのホーム画面を 二人で撮った写真にした。 それを見ているだけで頑張れる 満足に会えなくても 堂々と胸を張って会えるその日のために 「……よし!」 一年後わたしは フリーターを脱することができた。 「海音ちゃーん、ごめん、席に残ってるお皿もってきてくれる?」 「はーい」 店は、ほどよく人が途絶えない。 わたしは綾人さんの喫茶店で働いていた。 ある日突然こう言われたのだ。 『うちに来ない?……待たせてごめんね やっとお店の売り上げが安定してきたの あなたと二人でこの店をやっていけたら充分生活できるとおもう 逆に人気になりすぎて一人だときつくて 私を助けるためとおもって、来てほしい』 その時は驚いた。 それは夢のような就職先で 夢のようすぎて想像したこともなかったけど 綾人さんは、ずっとそのために頑張っていてくれてたらしくて。 仕事内容は 客の時からもともと手伝っていたことに加え、仕入れとか掃除、客対応、簡単な盛り付けとか色々やらせてもらっている けど、それらのすべてが楽しいのだ。 綾人さんは常に気にかけてくれるし 当たり前だけど、怒鳴ることなんてないし 一緒に働いて、ますます好きになった。 店の前の黒板には ラテアート大会準優勝の文字が。 「すみませーんうさぎイメージでお願いします」 「ワタシはリーフがいいー」 「これできますか?」 カウンター席に、もうわたしの席はない。 その代わり色々な客が座っている。 それでいい、今の わたしの立ち位置は店長の隣になったのだから。 「それにしても、夫婦で喫茶店経営て羨ましいなあ」 「えっ」 「?夫婦ですよね?」 客の一人がそう言ってきて、皿をふいていたわたしは言葉に詰まる そうか、夫婦にみえるのか、いや たまたま趣味でつけてた指輪が婚約指輪にでも見えてしまったんだろうか 参ったなあ 違いますよーとか適当に笑って流すしか そう思っていると、客からはみえない位置で 手を繋がれた。 「え?」 綾人さんの体温 驚いて横を見るわたしに 「ええ、そうよ」 綾人さんはそう、答えた。 「やっぱりー!えー?どうやって出会ったんですか?」 「海音ちゃんはもともと常連客だったのよー」 「えー?じゃあワタシも常連になれば 店長と付き合えたかなー」 「それはないわねー」 「あ、ひどぉーい」 ちなみに、綾人さんは隠さずにオネエでやっている。 そういうとこもこの喫茶店が人気になった理由なのだ オネエは意外と女ウケがいいらしい。 いつもよりわざとオネエぶる時もあるくらいだ。 たとえ女の客に逆ナンされてても わたしはそんなモヤッとはしなかった。 男だと、か、かてない て切なくなるけど。 そうだ、期待するな 期待するとつらくなる わたしは…… 『安心して、私女性に下心はないから……』 男じゃないんだから。 一緒に働けるだけ、幸せだ。 もうこれ以上望みはない そう、思いたいのに。 閉店時間。 わたしは掃除の手をとめて 緊張で心臓が口から出そうだったけど、触れずにはいられない話題に触れようと 口を開いた。 落ち着け、冷静になれ 多分あそこで夫婦じゃない!ただの友達 と言われたらわたしが傷つくとおもってくれたのだろう 真に受けてはだめだ。 「あの、なんか気を使わせてしまったみたいで……」 「海音ちゃん」 なにやら真剣な声音。 「え?」 わたしの目の前、綾人さんが跪いた。 そのまま、手が握られる。 「遅くなってしまってごめんなさい 私、あなたにふさわしい人になってから 言おうとおもってたの 私は相変わらず喋り方はこんなだし きっと周りから変なふうに見られることもあると思う 普通の男性とお付き合いするより あなたに苦労かけるとおもう あなたの選ぶ人が私でいいのか    それはわからない でも、私はこの店を繁盛させつづけて あなたの生活を守るから あなたの未来を守るから 好きです 私と、付き合ってください」 レースのカーテンが揺れる。 ……いいの?友達じゃなくていいの? わたしは女だし それだけじゃない 自分のことも自分でできないような 人生躓いてばかりのやつで…… わたしの方があなたにふさわしくないのに それでも、許されるなら 「わたしっ……わたし この喫茶店もあなたのことも 大好きです、ずっと……わたしも、あなたを支えていきたい あなたの隣で生きたい……」 「……これから、よろしくね、改めて」 「……っはい」 はらはら、はらはらと涙が溢れる わたしと、あなたと、この想いが すべてが、春風に包まれて。 end
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