春を告げる想い

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コポポ………… 茶葉がほどけて花が開き、うっすらと色と、香りが浮かぶ。 「わぁ、綺麗」 「でしょー?新しく仕入れたの、中国茶よ」 店内には、オルゴールが流れている。 わたしはこの店で、カウンター席で、店長と話すのが好きだった。 店長は、肌がきれいで髪はちょっと長めで 肩につくくらい まつげは羨ましくなるくらい長くて、耳にはいつもこぼれ落ちるような雫のピアスが揺れている。 ……男の人だ。 でも、本当にきれいなの。 「ただ、せっかくの花がもっとみえるように 透明なガラスカップにしてもいいかもしれないです」 「あ、それもそうね この入れ物じゃああんまきれいに見えないわね ありがとーやっぱ頼りは海音ちゃんだわ」 かのんは、わたしの名前だ 鈴木海音。わたしはよく常連としてメニューに口出しをしたりしている。 それが許されるその特別感がちょっといい。 店内にはわたしと店長の二人だけしかいなくて、店長を想うなら商売繁盛を願うべきなのに 他にお客こないでー、と思ってしまう。 思うだけだけどね。 この二人だけの空間が好きなのだ 客もいない、バイトの人もいない。 「綾人さん、そういえばこの前のバイトの子は」 「あ、それが辞めちゃったのよー 給料安いって」 「あはは、ひどいね」 「まぁ、事実だけどね。 はい、そんな中いつも来てくれる海音ちゃんに おまけのシフォンケーキよ」 「え?いいの!?」 早速、食べてみる。口の中でしゅわっ、と溶ける卵感ある。すごい軽い、不思議 わたしがゆっくりケーキを味わっていると 店長は目を伏せた。 竹口綾人、金色のネームプレートが胸元で光る。 「やめた理由は給料のせいだけじゃないかもね ……私が気持ち悪かったのかも」 「……綾人さん」 店長……綾人さんは、時々そうやって、人の目に、感情におびえ、心を閉ざしてしまう。 そんなことないよ! 気持ち悪がるほうが変なんだよ! とっさにそういう言葉が出なくて、なんと声をかけていいかわからず 意味もなくフォークを強く握った。 わたしの好きな人 そして、わたしを好きになるはずがない人。 彼は男性だ。 しかし心は女性だった。 「ごちそうさま。綾人さん、また明日 絶対来るね」 カランカラン…… 店から一歩踏み出し、現実に帰ると同時に財布を開いた。 「はぁ」 財布の中には何度確認しても後、1000円しかない。 月お小遣いは10000円。それで毎週3日も喫茶店に通っていたらそりゃ金欠にもなる。 綾人さんからもそんなにお店にきて大丈夫?とは言われているが、実家がお金持ちだから、ということで通している。 お金持ち? ……とんでもない 私立は高いから公立に行ってくれと土下座されたことがあるくらい ギリギリの家系だ。だからわたしはバイトをしまくっている。 今日もこれからバイトだ。 ファミレスやコンビニバイトの他にも日雇いバイトをやっていて なにをやるかはその日ごとに違う。 スマホをいじる。 今日入ってきた仕事は……ポスティングか 「絶対読まれない紙ゴミを人のポストに押し込んでまわるのほんと虚無だなあ」 チャリにいっぱいちらしをのせて そうぼやく。ちらし一枚一枚がめくりづらくて、もたもたしてる内に風にふかれて、飛んだ。 嫌すぎる それでもやっぱ、なんだか頑張っちゃうのは 「綾人さん……」 無駄に時給はいいから、これで次はスイーツセット頼める、嬉しい。 セットなら飲み物もつくから。 スイーツもいいけど綾人さんの入れたブレンドコーヒーが最高なのだ。 想像して、微笑む。 ……今日も、やっぱ好きだった。 その声も、笑い方も、影がある感じも 仕草も、キッチンに引っ込むときに見せる 男らしく引き締まった後ろ姿も。 けれど彼を異性としてときめくこの気持ちは 彼のなりたい姿に対する裏切りでもあるのだろう。 「コラァ!お前!うちのポストはちらしお断りって書いてんだろうが!」 「わぁぁ、すみませんすみませんゆるしてください」 よりにもよって、ギュッギュッと詰め込んでる間にそこの住人に見られてしまった。 謝り退散して、すぐ隣のマンションに入れ直す。 あと100枚もあるの……嘘でしょ?! 「はー……」 考え事しないとやってられない。虚無なバイトだ 綾人さんに当たって砕けろで告白してみる? でも告白後気まずくなったら喫茶店に顔出すこともできなくなるよね この気持ちはどうすればいいんだろう? まあ、どうしようもないんだろうけどさ。 「やったー!おわった!」 ポスティングって年収300万くらいいくらしいんだけど、年はやりたくないな、うん。 家に帰って一人、わたしは性転換の記事を読んでみる。 あと一歩近づけたらと思い、なにか気持ちが理解できたらと思い最近はこんなのばっか読んでるのだ。 女性って女性の機能を塞いで あれをつけて……なんか女→男は男→女より難しそうなイメージあるけどどうなんだろう。 というかお金ないし 感染症のリスクとか、あとそもそも手術中に死んじゃったりとかあるみたいだし 「無理無理やらない」 怖すぎる。 でも、たとえそんなリスクを抱えてでも手術に踏み切る人が世の中には居るってことだもんね そのくらい強い思いがあるんだ 自身が望む性になるために 命までかけられる。 そんな強い想い、ちょっとやそっとじゃ変えられないよね 綾人さんが性転換まで考えてるのかは不明だし、どこまで内面が女なのか 詳しいことは分からないんだけど……。 もし世の中の性転換がすごい楽だったらわたしは男になっていたと思う。 そしたら結ばれる可能性があがるんだから……。 「海音……なにを見てるんだ……?」 父親がわたしが持ってた記事を横から見てドン引きする。 ちょうどいい、聞いてみるとしよう 「お父さんは取りたいと思ったことある?」 「ないよ!」 ないか。まったく参考にならない父親である。
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