春を告げる想い

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綾人さんは、とくに女性にトラウマがあるとか 男性にいたずらされたとか そういう過去があるわけではなく なんというか、物心ついたときから? 自然と女の子の気持ちだったらしい。 そして自立したら親の目がなくなり、一気にそっちの道にいったそうだ。 「よくなにかトラウマが?て言われるんだけど、それも困るのよねー トラウマがないとこうなっちゃいけないの?て思うわ」 「もとからそうって人もいますもんね 多分例えがズレてるとおもうけど わたしが学校じゃ無口で陰キャなのは 別にいじめられたからそうなったわけじゃなくて 一番楽な状態を貫いてるだけだし」 明るく恋愛してないと、男らしくないと、女らしくないと、日々に予定がないと 可哀想 そういう決めつけは苦手だ。 そういう人たちが悪いとはいわないが あくまでそういうのが好きな人は好きというだけであって 楽しい生き方が全人類共通なわけがない。 周りからみてつまらなさそうでも、変でも、案外その人は満足していたりするのだから。 ……ちなみに、綾人さんに彼氏がいるのは知っている ちょっと?すごく? うん、ショックだったけど、仕方ない。 でも気になるのは、それで幸せそうに見えないことなんだけど。 幸せそうだったら、諦められるかもしれないのに……。いや、でもそれはそれでやっぱり つらいものなのかな。 そろそろ閉店時間。 綾人さんは、うーんと指を顎にあてた。 「この映画見に行きたいのよねー……でも一人じゃむなしくて……感想言いあえる場もないし」 ため息一つ。 なになに?わたしは、綾人さんのスマホを覗き込んでみる 『勘違い恋のトライアングル』というタイトルだ 聞いたことない まあとりあえず恋愛物である 「彼氏さんといかないんですか?」 「こういうの嫌いなんだってさ」 「えっ、え じゃあ、わたしとっ一緒に行きませんか!」 「ええ?!いいの?」 「見たかったやつなので!」 嘘だ。 でも綾人さんが好きなやつなら好きになりたい、 なると思う。 それじゃ今週の日曜日ね という話になり、わたしは有頂天になった。 やったぁーはじめてのデートだ! 服を買おう!服を買いに行く服を買ってからデートの服を買おう! 「さすがに映画のチケット代は私が出すわ」 「あ、ありがとう……ございます」 服も……ちょっとは節約するか。 ああ、はやく社会人になりたい…… あともう少しでなれるけど、バイト尽くしの学生じゃあ………… マキシ丈ワンピース6000円 パーカー2000円 シュシュ200円 このコーデが限界だった。 「それか男の子ぽい格好の方がいいのかな この場合……ううん」 でも女の子がボーイッシュな格好してたところで 綾人さんになにかささるんだろうか わからない あとボーイッシュなのが似合わないタイプなんだよねわたし。 あれって案外難しい 元がすごく綺麗じゃないとビシッと決まらないというか、スタイルよかったらシャツとジーパンだけできれいだよ?でも普通の体型、むしろちょっとぽっちゃりな人はワンピースですべてを包み隠すしかないんだよな……。 日曜当日。 まあまあ、学生らしいんじゃない? 背伸びしない格好。対し、綾人さんは25歳年相応のおちついた格好だ。 青いシャツに黒のデニムパンツ 白いロングコート、いいなあ、格好いいなあ。 きっと、周囲からはカップルにみえるんだろう。 でも歩く距離も、一切触れられない感じも 友人そのものなんだけどね。 綾人さんはチケットを買いながら言う。 「お金の話してごめんだけど なんか映画館て昔より、しれっと値段高くなったわよね」 「しかもそのうち配信はじまると思うと なかなか映画館に足運びつらいですよね」 けれど、それでも映画館でみるのは特別感があっていいものだ。 ビー……と映画のはじまる音。 暗くなる周囲。喋るのをやめる人々。 そんな中で 隣に座っているのが綾人さんというだけで、会話ができなくても触れ合えなくてもすごいそわそわする。 その存在を横に感じながら わたしは……わたしは…… 「ふふっ」 普通に映画の内容が面白かったので笑っていた。 うん、文句なしに良かったな。 エスカレーターで降りながら感想を言い合う。 「勘違い恋のトライアングル面白かったわね 三角関係にまきこまれた主人公かと思いきや 全然三角関係じゃなくて特に誰からも好かれてなかったあの感じが」 「最後のむかつくやつの住所をネットに晒すシーンが胸熱でしたね」 夢のようだ。 わたしと綾人さんはよりがっつり話すため 近くの駅ビルの喫茶店に入った。 一番奥の、向かい側の座席。 静かだ。綾人さんのとこ以外の喫茶店て、金欠でなかなか入らないからなんか新鮮。 でも、なんか、うーん回転率重視の店なんだろうな とくに雑誌や本がおいてあるわけでも座り心地いい椅子でもない。普段だったらお金があってもあんまり通おうとは思わないかも。 でも 「うん、珈琲おいしいわ」 飲み物は良かった。 綾人さんも気に入ったらしい。 「酸味強いのが好きなのよね……エチオピアの豆もいいなあ」 「ふふ、店長。今日休日でしょう」 「あぁ、ごめんなさいね」 「ねぇ、映画が恋愛モノだったから ……恋バナしていい? 綾人さんは……彼氏さんのどこがすきなんですか?」 急に踏み込みすぎたかな、嫌な顔されたらどうしよう。けれど綾人さんは微塵も顔をしかめることなく 小首をかしげるだけだった。 ないものを探すように。 「どこ? そうねえ…………どこだろ あ、顔ね。顔だわ それ以外なにもないわよ」 「か、顔かあ……名前はなんていうんでしたっけ」 「石田尚。でもま、覚える必要はないわ 海音ちゃんはあんなのと付き合っちゃだめよ 格好良いとかそれだけじゃなくて 優しくて、自立してて 人として尊敬できる人と付き合いなさい」 「ふふ、わたしも好きな人いるんだけどね 大丈夫、今言ったそれ全部あるから」 若いのに店長やっててさ すごいんだよ。 「あら〜そんないい人いるの その人の写真とかある?」 「え、えー こ、今度みせるから、綾人さんの彼氏の写真も見せてくれない?」 「あぁ、見せたことなかったかしら いいわよ」 写真を探す様子もなく、すぐに見せられた ホーム画面にしているらしい。 それ、相当思い入れがないとそうしないよね……。 きゅっと胸が切なくなる。後ろに大仏あるし 旅行写真かぁ……綾人さん美人! じゃなくて。 あぁ、ど金髪でピアスを何個もつけて、まあそれはいいんだけど、なんかヘラヘラした感じ。 顔はいいよ?でも目に誠意がないっていうかさ ズボンの位置低すぎ、遊び慣れてそう。 文句がぽんぽんと浮かぶ その根っこの気持ちは嫉妬だ。 ……この人が羨ましい。 わたしが何やってもその顔がないんだもんなあ 「……あれ?」 わたしは、ただの景色の一部としてとらえていた、トイレ側の席に座って携帯をいじっている男性を よくよく見てみた。 ……ホーム画面のその顔と同じ。 はた、と目があってしまう。 こちらに気づきー……その人は驚いた様子で…… でも、こちらに向かってくることもなく。 えーと、状況的には彼氏に内緒で女の子と居るのがバレた。 て感じだよね。あれ?修羅場じゃない? わたしがあわてて綾人さんの裾をつかみ そう伝えると 綾人さんは、スッと目を細め、わたしより冷静に呟いた。 「大丈夫よ。もともと終わってたようなものなんだもの」 とりあえず、わたし達はそこで解散になった。 せっかくのデートだったのに気まずいまま帰り 自室で、ぼーっとしていると ドタバタと階段をかけあがってくる音がした。 「うるさいなー、何?」 「あんたの部屋掃除しててみつけたけど このレシート 同じ喫茶店のばっかじゃない あんたこんな行ってたらいつまで働いてもお金たまりゃしないわよ」 「なによわたしが稼いだお金なんだからなにに使ったっていいじゃない!」 「そんなのは子供の発想よ 貯金しておけばよかったって 後悔することになるんだから!お母さんもそうだったんだから! それよりあんた もうすぐ卒業なんだから 就職先探しなさいよ!」 「もー探してるよ!うるさいな」 ただでさえ次、綾人さんとどんな顔してあえばいいんだろうて思ってるのに 痛いとこばっかついてきて。 大体就職活動してるし! 今日だって最後の筆記済ませて結果待ちなんだから……。 そう思い、スマホを見てみると 「あれっ……」 『この度は当社の採用選考にご応募いただき、ありがとうございました。 厳正なる選考の結果、鈴木海音さんの採用が内定いたししましたので、ここに通知いたします 最初の勤務地は本社がある〇〇県〇〇市〇〇町1-5-12になります そこで2ヶ月研修後各店舗に配属になります その際必ずしもご希望の店舗に配属になるわけではない為、あらかじめご了承ください 家から勤務地が遠い方には社員寮を提案しております 必要書類は後日送らせていただきます……』 受かってた! すでに50社くらい落ちてたし、もうここの内定に飛びつきたいのだが 参ったな。よく読まずに面接行ってしまってた 希望勤務地じゃないんだけど……。 休日と業務内容しか見てなかったわ。 まあ関東内だからいいけどさー。 微妙にどこに配属になろうと実家からじゃ遠い。 社員寮入らなきゃ べつに実家は親がうるさいし 嫌いだからいいんだけど……綾人さん…… 距離が……。 「…………たかが常連客のせいで 彼氏に嫌われたかもしれないんだよね 綾人さん 綾人さんは優しいから多分なにも言わないけど もうわたしのこと嫌いかも……」 それに もともと叶わない恋で 今後も通い続けられないくらい金欠で 社員寮で距離も離れて ここらで終わりってことなのだろうか。 現実をみろ 大人になれ そう言われている気がした。 内定承諾メールを返し、ベッドに顔を埋める。 綾人さん。 本当に、本当に好きだった。でも、もう仕方ない。 最後に手紙を書こう。 想いを打ち明けて、わたしは消えよう。 それくらいいいよね?
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