春を告げる想い

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告白は向こうからだった。 付き合わない?的な軽さで、私も外見がいいなと思い、いいわよー。という軽さで承諾した。 選り好みはしてられない それに最初は調子がよかった。 週一はチェーン店でハンバーガー食べるだけとはいえ、デートしてくれたし、そうこうする内に一緒に住むかという話になり ただ、なにがあったというわけでもなく、マンネリ化していって 「俺のこと好き?」 「そうねー顔はねー」  「…………」 マンネリ化、していって。 「いい子いるんじゃん、俺には浮気するなみたいに言っといてさー」 帰って、玄関先ですぐそう言われる。喧嘩になるかなと思ったけど、準備のいいことに、でていけるように荷物がまとめてある。 所詮こんなものよね 縁を切るためのきっかけを探していた状態だったから。 互いに。 「……あれは浮気じゃないわよ あの子はそんな汚しちゃいけない子なの」 フラれるだろう。でもいまはフラれることよりも このことであの子が負い目を感じていないか…… そんなことが気になっていた。 「なにそれ、というか 俺も丁度よかったっていうかさ、この部屋せまいし ほかに部屋貸してくれそうな彼女みつかったから 俺らここで終わりってことでいいよな」 「ええいいわよ。とっととでてって。 ただ、荷物チェックさせてね ……うん、私のカードと通帳は持ってないわね OK、いっていいわ」 「人のことどれだけ信用してねぇんだよ!」  「人は信頼してるけどあなたを信頼してないのよ」 まだぎゃーぎゃー騒ぐ彼を、追い出して扉をしめた。連絡先を削除して、これで終わり。 あっけない……。5年だらだらと付き合ってて 別れは5分で終わったわ。 涙もでないのは とっくに冷めきっていたからだ。 ホーム画面も変えよっと とりあえず付き合ったら相手をホーム画面にしといたほうがいいとおもってやってたんだけど こういうのって重いのかしら もしかして、そのせいで……? 今更思う。 いや、この別れは私のせいじゃないわよ 完全むこうに最初から続けてく気がなかったせいよ。 「このマッチングアプリも消しときましょ…… ろくな男いないじゃないの」 ……しばらく、男との出会いはいいわ。 なんとなく。 家でそのまま休む気にもなれなくて、私は店にむかった。 もともと、家で寝ることもあれば店で寝ることもある。 あ、今日絶対浮気してんな。現場見ちゃうよな て思った日は帰らずによく店のソファで寝たものだ。 仕事モードに切り替えられて、自分の居場所は恋愛だけではないのだと思えて、気が楽になる。 カウンター席に座り、普段は客にだすカクテルを 自分の喉に流し込んだ。 「はー……」 カルパス美味しい。カクテルはちょっと比率ミスったかも。 じゃなくて。 ……私の人生ってなんなのかしら? 初恋はいつだっけ ああ、小学生のころのクラスメイトのたけるくん。 一緒に毎日休み時間サッカーしてて、足が早くてクラスで一番人気だった。 一回ゲームやりに家を訪ねたことがあって 部屋で二人きりのときに そういえばお前くねくねしててキモいよな 友達でいたいならなおせよ といわれて失恋した。 家族も段々こいつ大丈夫なのか?という目で見てくるようになり……そこからは ひたすら心を閉ざして はやく実家でようとしか思わなかった。 心が女性なことをカミングアウトしたところで 子育て失敗したと思わせるだけだし、そんな反応をされたら自分も傷つくわけで 誰も幸せにならないカミングアウトをする気にはならなかった。 女友達はまあ、多かったかな でも浅い付き合いで、気づけば自然消滅してたし、なんなら影で笑われてた。 男の経験はぼちぼちだが、なんだろう? ただでさえ出会いのない立場なので 男同士OKという条件が合った=付き合う という流れでしかなく 互いが互いである必要など、まったくなかった気がする。 自分の性がちぐはぐだからとかは関係なく この私が。 竹口綾人という存在そのものが 誰からも愛されないようにできているのでは? 「フッ」 きっとそう そうよ これから先もずっと……。 気づいたら ほぼ夢の中にいたらしい。 誰かが私の手を握っている。 あたたかい。 私の人生で こんなにあたたかいのは 『綾人さん!』 きっと貴女ね。 でも、貴女は一体なんでそんなに 私に尽くしてくれるのかしら 私に、一体なにがあるというの 友達だから?友情?本当にそれだけ……? あの熱い視線は、話し方は、笑い方は…… 「……?あれ、寝てた……」 一時間くらい寝てた……。 すこし、肩に違和感があり確認してみると毛布がかかっていた。信頼して店の鍵のスペアを渡してるのは(さすがにレジの鍵までは渡してないが) 海音ちゃんだけだ。 こんな夜中に、きたの?あの子 「起こしてくれればいいのに……なにか用があったのかしら」 そう思った矢先 指に、かさり、と紙があたる感覚。 業務的なメモ用紙ではない。 なんか凝った、女の子らしいハートや花がうっすら浮かんだ紙だ。それを開いて 私は、息を呑む。 『綾人さん。わたし、就職先の関係で隣県に引っ越すことになりました』 「海音……ちゃん」 『まず謝らせてください、わたしのせいで彼氏ともめてしまったかもしれませんよね ごめんなさい 引っ越すっていっても 全然会えない距離ではないんですけど 会おうと思わなくては会えない距離です だから、これでもう終わりなのかなと思って せめて綾人さんに、わたしの気持ちを知ってほしくて、手紙にしました わたし、綾人さんのこと好きです。 付き合ってほしい、そういう意味で好きです。 はじめて会ったとき わたしがひどい生理痛で駅で気絶しかけてた時に、皆素通りするのに あなただけはずっと声をかけてくれて、救急車まで呼んでくれました。 わたしも知らない人だったらなにかと理由をつけて素通りしちゃうかもしれないのに。 あなたは本当に優しかった。 お礼がしたくて、わたしはあなたに会いに行った 倒れた理由を打ち明けても紳士に対応してくれて そして、あなたが喫茶店を個人経営してるって知って……若くて立派だって、人として尊敬しました。 あなたに出会ったときから あなたに惹かれることばかりで。 会うたびにやっぱり好きだなあてなって 連絡先を交換した日なんか 寝る前電話しようと3時間悩んで、やめたこともあったんですよ けれど、あなたのことを格好いい、優しい 異性として好きだって思うことは あなたを男と決めつけるようで よくないんだろうなって思って、言えませんでした でもね わたし、あなたが男でも女でもなにものでもなくても、単純に……あなたが大好きです これから先もずっと大好きです だからね、綾人さん 今後誰を愛しても、愛されても あなたはあなたで居てください そんなあなたが、好きだから』 読んですぐに、番号を押していた。 なんだか、照れくさくて忘れ物とか 伝達事項がなければかけなかったその番号。 走りながら 鳴らしつづける。頼む、出てくれ。 頼むから。 『はい、あ、あ、綾人さん?』 「海音ちゃん!!いまどこにいる? いまからそっちにいくから」 『ええ?!えーと いまから社員寮下見にいこうとおもってて 〇▲駅……です』 「わかった!!まってて!5分くらいで着くから!」 ちょっと怖くなかっただろうか 彼女にむかってこんな切羽詰まって叫ぶのははじめてだ。 でも、居なくなってしまう! その焦りがいつものようにのんびりなんてしてられなくて。 「はぁ、はぁ」 流れる景色、電柱、歩きスマホの人々、シャッターのおりた店。 私は、なぜ、走っている? 私の中の冷静な部分がそれを問う。 彼女と会って、それでどうする?友達として無難な別れ言葉をいうのか、男として告白でもするのか 告白?好きだって? それは引き止めるために? だとしたら最低だ。 彼女の想いと自分の想いはきっと違うだろう 性的に興奮したことがあったか? ないだろう。 どうせ心が女のままのくせに 応えられもしないくせに、その手を取ろうとするな 「うるさい、わかってる……!」 彼女は自分の知らぬところで うんと素敵な男性と出会って、恋をして 幸せになればいい だから立ち止まれ 引き返せ これで終わりにしろ 「わかってる、けど……」 でもさ。 性別とか、もう関係なくて 私の人生を照らしてくれるのは、海音。 君だけだよ 私を誰よりも想ってくれていた君の気持ちに 応えられるかわからないけど 応えたいと思ったんだよ そんな中途半端で不誠実などうしようもない気持ちをぶつけにいこうとしてるんだよ。 そのせいでこの足が 止まらないんだ。 「海音!!」 「綾人……さん?」 駅のホームで待っててくれた彼女 長いスカートが風で揺れていた。絵画のようにきれいだと思った。 繊細で、触れたら消えてしまいそうな。 「ッあの……これからも…… 電話番号……変えないでね メッセージ送るから……美味しいものとかも送りたいから住所も教えてね そんな距離遠くなさそうだから また……月1とかで、出かけましょう で……そうじゃなくて その……私はっっ ……俺は!ここで終わりにしたくない」 彼女が目を見開く。 自分でもなにを言っているかわからないけど 衝動のままに叫んでいた。 「ぐすっ…… ずっと一緒に居たい! 俺にはなにもなかったっ 性別だけじゃなくて……なにか芯のようなものも定まらなくてずっと空虚で 周囲から避けられてきた そんな時、君に出会った 君といるときが何よりも楽しくて幸せだった 君のためにメニューを考えてた あの喫茶店が続けられたのは 夢も希望もない未来でも頑張ってこれたのは 君が居たからだった! 俺もそんな君のために変われたらって……! 思うんだよ…… 好きとはまだ……言えないけど…… こんな俺でも……隣に居ていいですか……?」 「……泣かないでください、綾人さん 俺っていうとなんか無理してそうで変ですね あの……それってつまり わたし、諦めなくていいんですね 綾人さんがわたしのことを恋人として好きになるか親友として好きになるか わからないけれど これからも会ってくれるんですね? どちらになろうと わたしはずーっと大好きですよ あなたはそのどちらにしたって 素敵な人だもん」 満面の笑みに 駅のホーム、桜が舞い上がる。 涙がこぼれて しばらくベンチで泣きあった。 電車を何本も見送りながら。 触れた手は、やはりあたたかくて。 「というか私も寮の下見ついてっていい……? あまりにひどいとこだったら私がまともなアパート借りてそれをあなたに……」 「大丈夫ですって!そこまでしなくても! 心配性なんだから」 「っじゃあ今夜電話していい?」 「ふふ、良いですよ」 あたたかい 気づかなかったよ。 いつのまにか、春がきていたのだな。
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