春を告げる想い

7/9
前へ
/9ページ
次へ
しまった。 充電してくればよかった。 デートが楽しみすぎて、遊園地のこと調べたり メッセージを見返したりしてたら充電しそこねて、家出る時間になっちゃって。 まだもつだろうと思っていた充電は切れていた。 何度カチカチ電源を押しても画面は真っ暗のまま。 遊園地ではぐれたらたまったものじゃないので わたしはすぐ近くで待つことにした。 珍しく男子トイレのほうが混んでたなあ これ、わたしだけかもしれないけど男の人よりはやくトイレすますと若干恥ずかしいよね 化粧直しとかしないんだなこいつと思われそうで。 「ねぇ、君誰かと待ち合わせしてるの?よかったら俺とまわらない?」 「…………?あ、わたし?わたしにナンパですか?すごい……産まれてはじめて」 「俺もそういうリアクションされたのはじめてだよ って、あれ?」 顔を見合わせて、互いに同時に気づいた。 この人、綾人さんの元カレだ。 相手に困ってナンパしまくってたな?さては サイテー……。 わたしがいきなり警戒心MAXにして どっか行ってくれないかなオーラをだしていると 彼はボリボリと頭を掻いた。 「てかさ、ここで待っててもこないよ 綾人は」 「えっ」 「先に行って待ってるって だからおいでよ」 「絶対嘘じゃないですか」 「俺、君とちょっと話したいことあるんだよね」 無視しようと思ったが、そう言われてちょっと気になる。でも、綾人さんを置いていくわけには ……。いや、でも、もしかしたら本当に先に別の場所で待っているんだろうか 私よりも綾人さんのことに詳しいのは 悔しいけどこの人のほうだもんね……。 「……ちょっとだけなら」 とりあえず、あまり離れないところに。 あたりを見回す 「じゃああのベンチでいい?」 「カップル用のはいやなので普通のベンチでお願いします」 こんなに人をあからさまに拒絶したことって人生であまりないのだけど 多分もう今後関わらないし、嫌いだし、仕方ないよね。 それに、なんかおもったより話してみると 反抗したからって暴力ふるわれるほどではなさそうで。 何度もブリーチをかけたのだろう スカスカな軽さの金髪がふわふわと揺れている。 その軽さは彼の内面を反映させたようで。 彼は私から一人分離れたところに どかっと座った。 「ま、話ってのは秒で終わるよ ナンパしといて難だけど俺あんま君好みじゃないしね。20人ほど声かけたけどほんと今日つかまらないから仕方なくさ」 「悪かったですね好みじゃなくて わたしっていうより、綾人さんに用なんじゃないですか?もしいまでも連絡とってるなら ……やめてください 軽い気持ちでずるずる引き伸ばさないでください それとも真剣なんですか?」 「…………全然。 別に今ではあいつのこと好きでも嫌いでもない。 彼女から追い出されちゃったからまた置いてくれないかなとおもって絡んでみただけなんだけど これでも付き合いたてはそれなりに好きだったわけよ」 最低ですね その言葉をオブラートに包みわたしは口を開く 「最低ですね」 「素直だね君」 「すみません……」 「まぁ、言われ慣れてるからいいや でねー。 あいつのこと冷めてきたきっかけは なんかそもそも好かれてる気がしなくてー。 顔だけ顔だけ、て繰り返し言うし、浮気する素振り見せても気にしないし 性別が男ってとこしかみられてないとおもった だからさあ、わざわざなにが言いたいかって 恋愛対象の性別かエロいことができるか ってさ そんなの俺が今日ナンパしまくってるみたいに生理的に無理じゃなけりゃ 誰でもいいんだよな そんなことよりも きっと 離れてても元気かなとか今何してるかなとか心配してさ 笑ってくれると嬉しかったり 泣いてるとどうしたんだろう、て力になってあげたかったり 人を愛するってそういうことだとおもうよ 海音さん、君なら綾人とそんなとこまで行けるんじゃないかと思うんだ そうおもっただけ。そんじゃ、もう関わらないよ」 ベンチがギシッときしむ。立ち上がって、去りゆく後ろ姿 ナンパ続行しにいくんだろうが 少しだけ寂しげにみえたのは。 ああ、なんだ。ヒモの時点でクズっちゃクズなんだけど それでも本当に救いようがないほど悪い人ではなかったのだな。 「……わたしたち、本当にそこまで 行けるのかな」 すごいむかつくけど、応援してくれたってことなんだろう いや、でも、結局綾人さんいないし はぐれちゃったんだけど やっぱり引き裂かれた気がする。 「うう……遊園地でうろちょろするし電池切れてるし嫌われるよこんなん……」 そうだ、一旦遊園地でてコンビニで充電器買ってこよう! わたしがそう思い立ち上がると、人混みの遠く 「あ、綾人さ……」 「海音ちゃん!!」 走って探し回ってくれてたらしい わたしを見かけても走るのをやめない、なんだか切羽詰まってるみたい? と思っていると わたしはそのまま、がばっ、と抱きしめられた。 「あ、ああ綾人さん?!」 「海音ちゃん!大丈夫?怪我してない?なんか嫌なこといわれてない?ごめんね目離して あいつどこいった?一発殴りたい ほんとごめん」 「石田さん?でしたっけ どっか行ったから大丈夫です とくにまあ……そんな変なことも言われてませんよ」 酷いこと言われたとも言わないし 応援してもらえた、と言うつもりもない。 綾人さんの中で彼への好感度を上げたくないので。 そして抱きしめられて嬉しいと同時にー…… い、痛い 本気で力を入れられている 「……ごめんなさい、私テンパって……」  すす……と離れる体温。 意外と腕力あるんだなあ、綾人さん。 もう閉園時間が迫っていた。 最後に観覧車にのりたくて、綾人さんの服の袖を引っ張る 「わたしこそほんと充電きらしててすみません 仕切り直して、あれ乗りましょう」 「……そう、ね」 夕暮れ ゆっくりゆっくり、高くなる視界 「海音ちゃん……今日ほんとはずっと私に言いたいことがあるんでしょう」 「え?!気づいて……たんですか」 「わかるわよ あなたのことはずっと見てるもの」 本当は、ただでさえ忙しい彼に めったに会えない彼にこんなこと相談せず わたしのきれいなとこだけ見せていたかったから いまでも相談するのはためらわれる でも、でも 甘えたい気持ちのほうが、今は勝っていた。 「綾人さぁん………… あの……嫌わないでください、わたし、情けない 情けなくて仕方ないんですけど もう会社やめたいんです」 「えっ?」 それは予想外だったのだろう 綾人さんは目を丸くしている。 そして小声でよかった別れ話じゃなくて……と聞こえた。 そんなありえないことを心配してくれていたのか。 「……毎日社員寮でとくに不自由なく生活していると聞いていたけど ……ごめんなさいね 離れていたらやっぱりそういう、細かいとこには気づいてあげられないし あなたも相談しづらかったのね   ……よくここまで頑張りました」 頭を軽く撫でられ、わたしはついに込み上げてくる涙をそのままにする 「っもぅ、毎日立ちっぱなしで周りは皆イライラしててお客さんの前だろうと怒られるし、わからないとこがあって聞こうと思ってもまたそれで怒られたらどうしようとおもって萎縮しちゃうし この前なんか先輩に帰り鍵しめられて店から出れなくなったしー!もう嫌!」 「お、落ち着いて……つらかったのね 海音ちゃん、私あなたがちょっとやそっとのことで泣き言いう子じゃないとおもってるわ だからやめたいっていうのも本当に追い詰められて出た言葉だとおもうの 店舗を変えてもらうとか上司に相談してみるとかで変わるならいい でも、それでもそこで働く未来が見いだせないなら いくら今頑張ったところでその状態が永遠と続くだけなら やり直しは、はやいほうがいい 実家とはそんなに仲悪いわけじゃないよね? 一旦辞めて戻れない?」 「うう……戻れなくは、ないです ただ戻ってそれからどうするんだろうって ニートになるわけにも……」 「海音ちゃん、海音ちゃんは将来どうなりたいの?」 「…………綾人さんみたいになりたい」 「えっ」 「あなたは……わたしの憧れの人だから そういうふうに喫茶店経営に関われたらなって」 「…………」 綾人さんは、黙り込んでしまった 観覧車も、もうすぐ終わる まだ、そのための努力もなにもしてないのに 軽いというか ふわっとしてるなあわたしの将来の方針 とりあえず必須ではなくても日商簿記とかもっといたほうがよさそうだよね 喫茶店じゃなくても使えそうだし 勉強しようかな……。 「……わかったわ、私も今後力になれるよう頑張ってみる だから海音ちゃん、いまのとこを続けるにしろ辞めるにしろ、潰されないようにね 働き先なんて世の中いくらでもあるんだから」 「……うん」 話せてよかった 話して楽になった 辞めるって選択肢が許されるんだって そう思えただけで 今日、抱きしめられるほど 彼から想われてることを知れただけで。 「今日からまた、電話したいです」 「ええ、喜んで 最近できなくて寂しかったのよ?」 「ふふ、ごめんなさい」 わたしはやっぱり、あなたが好きです。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加