二人の鮭

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 男とか女とかではなく、由梨は一人の人間として生きている。  男だから女を好きならなければならないというルールはない。逆もしかりだ。一人の人間として生きて、好きになった相手がどちらの性別を有していたかに過ぎないのではないか。  そう考えれば、愛海の言うことも反論はできない。愛海の場合、ただ面白がって盛っているということも否定はできないが。 「おまえ、愛杜(あいのもり)園に顔出してないだろ。園長先生と美穂子さんが心配してたぞ」 「心配? 私、礼音みたいにバカなことはしないけど」  舞が鼻で笑う。  愛杜園は舞たちがいた施設だ。舞は施設を出たら頼れる人はいないと言っていたが、心配してくれる人たちは礼音同様にいるようだ。 「それはみんな知ってるよ」 「それならいいじゃない」 「そうじゃなくて――」 「野村さん、おにぎりどうします? 中館さんは口に入れば何でもいいと思いますけど」  ――なんでこのタイミング!?  中館の発言を遮って水瀬が亜咲に声をかける。亜咲は舞と中館を心配そうに見守っていた。それを後ろ髪引かれるようにしてカウンターへと向かう。  アルバイトを初めて日が浅いと亜咲の立場なら、水瀬に反論はできない。ひよりなら口にしなくても、水瀬が相手なら顔で反論する。  ――そうしないと、やっていけないっていうか。  水瀬が変なタイミングで声をかけるのは何か考えがあってのことだったりするので、ひよりは表情で態度を示す。口にして水瀬の計画が失敗しないように、ひよりなりの配慮だ。  あとで亜咲に教えておこうと思っていると、中館が小さくため息をつく。バツが悪そうに顔をしかめて口を開く。 「誰かと同じで、一人で頑張りすぎるからだろ」  少しだけ声量を落とした中館を見ていれば、その誰かが亜咲であることを推測するのはたやすい。
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