二人の鮭

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「バイト掛け持ちしてゆっくり食事する時間も休む時間もないのに、体絞るってろくに食べずにプロテインバーだけもそもそ食べてるから。あの日、私がなんでプリン2個買ったと思ってるの? 舞さんがそのうち絶対倒れると思ったからだよ。一緒に食べようと思ったのに、舞さんは体重制限クリアしなきゃいけないボクサーみたいになってるから言い出せないし」  話しているうちに、愛海の目に涙が浮かんでいく。 「私、お嬢様育ちだから信じてもらえないかもしれないけどね、何の見返りもなく自分のことを心配してくれる人は信じていいんだと思うよ。……タクシー呼んだから、来るまで待たせてもらっても大丈夫ですか? すぐ来るとは思いますが」 「えぇ。ひよりさんも一緒に上がっていただいて大丈夫ですよ」 「え、でも……ありがとうございます」  それは悪いなと思ったものの、すぐに思い直して、舞を亜咲に頼んでひよりは帰る準備をする。  体調不良とはいえ舞はひよりたちの中で一番体格がいい。ショートブーツで可愛くコーディネートしている愛海一人では、舞を支えて歩くのは難しいだろう。ひよりはジーンズとスニーカーという定番のスタイルだ。足元やスカートの裾に気を遣うことはない。  着替えて店の表に回ると、タクシーがウインカーを出して店の前に止まろうとしているのが見える。店に入り、愛海とともに舞を支えてタクシーに乗り込む。愛海が助手席に乗り、ひよりと舞は後部座席だ。  心配顔の亜咲と中館に見送られ、タクシーは愛海の家を目指して出発する。静かな車内でふとバックミラーを見れば、店の前ではまだ亜咲たちが見送っていた。暗くてよくは見えないが、それはタクシーがウインカーを上げて右折するまで続いていたようだ。
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