二人の鮭

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 秋が深くなるにつれて、気温も低くなってくる。特に夜は豚汁や鍋など、温かいものが恋しくなる季節だ。 「豚汁だ」  アルバイトを終え、水瀬家の居間で賄いと称した福子の料理にありつく。今日のメニューは豚汁に筑前煮とおひたしと野菜がたっぷりだ。主食のおにぎりは珍しく売れ残った鮭である。 「福子さんの料理はなんでもおいしいですけど、豚汁は人気ナンバーワンですよ」 「そうなんですか」 「えぇ。今日の汁物は何か、お昼によく聞かれるんですよ。なので、どこかに書いておいた方がいいのではないかと、昼間に福子さんと野村さんが話していました」 「あぁ……」  亜咲の名を出され、ひよりは吐息のような返事を口にする。  おそらくその提案をしたのは亜咲だ。ひよりと違って社会人経験があるからか、亜咲はひよりが気づかないところに気づき、改善提案ができる。  えんで働き始めたのはひよりの方が先だ。それでも細かいところには目が行き届いていない。気づける亜咲に引け目を感じてしまう。 「野村さんのこと、お兄さんのことで気にしてますか?」 「それは……」  全く気にしないとは言えない。亜咲を連れまわして、掛け子の共犯にしようとしていたのは耕太だ。ひよりが亜咲の立場だったら、相手のことをフラットに見ることができない気がする。 「気にしなくていいと思いますよ。あの中館さんを従える野村さんですよ? 中館さんを従えているだけあって、大人ですし」 「……どっちかと言うと、亜咲さんがきちんと周りを見てくれているのに対し、私は目の前のことしか見えていない気がするんですよね」  それが社会人経験のある人と学生の違いだろうか。
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