二人の鮭

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 ひよりが心の中でため息をついていると、まあと水瀬が口を開く。 「僕が余計なことを言っても、フォローしてくれるのはひよりさんだけですから」 「ですよね」  ため息混じりに答える。舞たちの予想通り、ひよりは水瀬の母親ポジションで確定のようだ。子どももいなければ弟や妹もいない。それなのに母親ポジションとはどういうことか。 「頼りにしてるって意味ですよ」 「ありがとうございます」 「辞めたりしませんよね?」 「しませんけど?」  水瀬がほっとしたように息を吐く。その意外な姿にひよりは二、三度まばたきをする。 「野村さんが来て、ひよりさんは居心地悪くないか心配してたんです。お兄さんの件があったので」 「えぇ」 「これは僕のわがままですけど、よく知らない人に来てほしくはなかったんです。もしかすると、ひよりさんには気を遣わせてしまっているかもしれませんけれど」 「いえ、兄が亜咲さんに対してしたことは申し訳ないと思っています。けれど亜咲さん自身は大人で、優しい人ですし」  舞に慕われ、中館には――水瀬の言葉を借りるなら――従えられる人だ。耕太は耕太、ひよりはひよりとして接してくれているのがわかる。  それに水瀬がそこまで気を遣ってくれていたことに気づかなかった。それなのに新しいアルバイトに一方的に嫉妬してたのはひよりだ。穴があったら入りたい。 「何かあったら、言ってください」 「わかりました」 「……一人で夕飯を食べるのも味気ないですから」 「……はい?」  言われたことが一瞬理解できずに聞き返す。 「いえ、レンチンですけど温かいうちに食べましょう」 「そうですね」  ちらりと水瀬を盗み見ると、その顔は赤くなっている。  レンチンした豚汁は適温で熱くはないし、水瀬は猫舌でもない。  ――ここが私の居場所だって、水瀬さんも思ってくれているって考えていいのかな。  これからも続く、えんでの仕事や水瀬との賄いのたわいもないおしゃべりの時間のありがたみをかみしめながら、鮭のおにぎりを口に運ぶ。  ひよりにとって鮭のおにぎりは、居場所を思い出すおにぎりになりそうだ。
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