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数年会いに行かなかったことへの嫌味か、親の反対を押し切って進学したことへの苦言か。それとも耕太を易々警察に引き渡したことか。否、青田家の人間ならいざ知らず、厳しさに定評のある稲子なら耕太をかばったら雷を落とすはずだ。
いずれにしろ、ひよりにとってはいい話ではないだろうと考え手土産という名のわいろを持参した。手土産は情報通であり、アルバイト先のおむすび屋・えんの頼れるパートである福子に相談し、全世代に愛されるであろうカステラを選んだ。卵たっぷりで黄金の味とは福子の弁だが、ショーケースの中に並んだカステラは確かに黄金の輝きを放っていた。
「まもなく……」
電車のアナウンスに、ひよりは身を引き締める。極妻から呼び出しを受けた下っ端は無事に帰ることができるのか。このままなかったことにして電車に乗っていたい気持ちを断ち切り、覚悟を決めて電車から降りる。
初めて降りた駅は郊外ということもあり、バスを待ちながら世間話に勤しむ高齢女性のグループや公園帰りらしくベビーカーを押す母親たちの姿があった。
栗山家にはいつも母が運転する車で行っていたが、免許を持っていないひよりは公共交通機関の利用一択だ。あらかじめ調べておいたバスに乗り込み、栗山家を目指す。
駅から離れるにつれ、昔からの戸建てや畑や田んぼが増えてくる。視線を遠くに向ければ、緑が濃い山もある。民家が点在するようになったところで降りると、向かいのバス停から奥に向かう道がある。その奥が栗山家だ。
横断歩道がないため、左右を確認して車道を渡る。右側に民家、左側に地域の公民館を横目に足を進める。両サイドに緑の木々が見えるようになると、そこはもう栗山家だ。車がゆうに数台止められる庭の左側に家、右側に納屋があり、家の裏には庭と同じくらいの広さの畑がある。
そんなことを思い出しながら歩いていると、ワンワンと犬の激しい鳴き声がする。
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