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「水瀬さんが父に挨拶する必要はありませんよね?」
ひよりは首をかしげる。ひよりにとって水瀬は雇用主だ。雇用主がアルバイトの親に挨拶しに行くなんて聞いたことがない。
むしろ家出娘でしかないひよりに、アパートを世話してくれた福子に挨拶に行くべきだろう。
――それは親に代わって、おばあさんがやってくれたのか。
稲子と福子のやり取りを思い出す。アルバイト先のベテランパートという情報以外に、アパートを世話してくれたことも正直に話した。あわやホームレス女子大生になりかけたことも包み隠さず話せば、稲子はこめかみを引くつかせていたものの深く息を吐いて呟いた。
『ひよりは人に恵まれたね』
そして何かあった際は、親ではなく稲子がいる栗山家に連絡するよう大家に伝えるようにと言われてきた。
『万が一の時には雅史か美土里を行かせるよ』
美土里夫婦の了承なしに、ひよりが緊急時の対応を下したのも稲子だ。
「そうね。……太ちゃん頑張らせなきゃ」
「新商品の件ですね」
「……うん。じゃあ私、太ちゃんせっついてから帰るから。冷蔵庫にカレーとサラダ入ってるから、夕飯に食べてね。カレーは稲子さんからいただいた野菜をふんだんに使ったから、おいしいわよ」
「ありがとうございます。お疲れ様です」
ひらひらと手を振って店の方へ向かう福子と別れ、ひよりはえんのロッカールームでもある和室に入る。そのため、福子が「ひよりちゃんが雪ちゃんよりも恋愛関係に鈍いなんて」と嘆いていたことを知らない。
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