かつおと昆布は余りもの?

2/48
前へ
/172ページ
次へ
「由梨さーん」  自転車に乗ったまま声をかけると、前を歩いていた女性が振り返る。栗色のボブカットにグレンチェックの事務員の制服を着た由梨だ。手にはミニバッグを持っている。  ひよりを認めると、由梨は足を止めてにっこりと目を細める。 「ひよりちゃん、今から出勤?」 「そうです。由梨さんは昼休みですか?」 「そうそう。あってないような昼休み……なんて言うと、ブラックに聞こえちゃうけどね」 「みんな頼りにしていますからね、田辺医院」  田辺医院は、えんの近所の病院だ。いつも老若男女でにぎわい――混雑している。田辺医院をかかりつけにする福子曰く「とりあえず田辺先生のところに行けばいい。専門外でも応急処置はしてくれるし、手に負えなかったら救急車呼んでくれるなり、紹介状書いてくれる」そうだ。  由梨はそんな人気病院の事務員で、えんにもよく来てくれる。ひよりがシフトに入る夜に由梨を見かけることが多いが、昼間も息抜きと称してやってくるらしい。 「ひよりちゃんも何かあったら、いつでもどうぞ。えんみたいにポイント貯めて割引なんてないけどね」  あははと笑う由梨は誰とも屈託なく話す。ひよりと話すようになったのも、えんの常連である琉斗がひよりと立ち話をしているのを目撃したからだ。 『私もひよりちゃんって呼んでいいですか? もちろん、他のお客さんがいるときは名前で呼びませんから』  以来、外で会ったときやお客さんがいないときは、由梨と他愛ない会話をするようになった。 「私もえんに行くところなんだ。時間が大丈夫なら一緒に行かない?」 「ぜひ! いつもご利用ありがとうございます」  こちらこそと言う由梨と並び、ひよりは自転車を押して歩く。 「ひよりちゃん、夏休みでしょ? どこか遊びに行ったりしないの?」 「うーん……今のところ、バイトの予定しかなくて。由梨さんは……社会人って夏休みありませんよね?」
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加